活動報告・レポート
2014年6月5日(木)
相馬市訪問
相馬市訪問

今朝の7時40分の飛行機で仙台空港に飛び、そこからレンタカーで相馬市に入り、防災頭巾の贈呈式に参加するため行動を開始しました。関西空港に到着するまでは良かったのですが、関西空港第二ターミナルは大勢の人で埋まっていたのです。関西空港から仙台空港まではピーチ航空が就航しているのですが、システムダウンのため係員が対応していました。そのためチェックイン手続きが大幅に遅れたため、飛び立ったのは10時30分頃で、仙台空港に到着したのは12時5分となりました。 比較的、仙台空港から相馬市役所までの行程には余裕があったのですが、ギリギリになってしまいました。 相馬市 相馬市役所に午後1時20分頃到着し、そのまま市長応接室に向かいました。贈呈式は午後1時50分からなので時間は大丈夫でしたが、予定が大幅に狂った午前となりました。

相馬市訪問

さて本日、相馬市を訪れたのは、防災頭巾1,000個を相馬市教育委員会に寄贈するためです。それは被災地であり、福島第一原子力発電所から40km圏に位置する相馬市の子ども達に安心を届けることと交流することを目的として訪問したものです。

この話を伝えた時、相馬市は大変歓迎してくれて、相馬市の子ども達の安全と安心のために使いたいので是非来て欲しいという回答をいただきました。そして式典の機会を設定してくれ、市長、議長、教育長、そして学校現場の校長先生と中村第一小学校から代表して生徒が来てくれました。大変な歓迎と防災意識の高さに敬服するばかりです。被災地では何を必要としているのかが分かるような歓迎でした。相馬市の皆さんは大災害発生時に自分で自分の身を守ることの大切さを体験から理解しています。子どもの安全でさえも、子ども自身が守らなければならない問題なのです。常日頃はバッグとして使用でき、身近な持ち物が防災頭巾になることを毎日感じられるので、子ども達の防災意識は醸成され、大人が関与できない場合でも、子ども達は自分で自分の身を守ることにつながる取り組みとなります。そんな言葉や思いが伝わってきた嬉しい贈呈式となりました。

相馬市長に対して冒頭挨拶をさせていただきました。

市長を始め議長、教育長、校長先生、そして子ども達に来てもらって贈呈式を行ってくれたことに感謝しています。ありがとうございます。今回、自分で自分の身を守るためのツールとして防災頭巾を贈らせてもらいます。このきっかけを作ってくれたのは、佐藤議長の小学生のお孫さんが、和歌山県に来てくれたことがご縁です。被災地の子ども達を和歌山県が受け入れ、相馬市の子ども達が楽しい思い出作りをしてくれた際、議長のお孫さんが津波被害体験を話してくれたことを受け、私達で相馬市に対して何かお役に立つことがないだろうか考えた結果、災害弱者である子ども達が必要とする防災頭巾を寄贈しようと思ったのです。

和歌山県も南海トラフによる津波被害が想定されている地域です。この贈呈式を契機として交流機会を作っていただき、相馬市の皆さんの体験を共有させてもらえると嬉しく思います。そして和歌山県は、東日本大震災のことを忘れてはいないことを伝えたいと思います。忘れてはならないもの、風化させてはいけないものがあります。私達の世代が受けた巨大津波の教訓とその後の対策を、次の世代に伝えるための一助となれは嬉しく思います。

防災頭巾を子ども達に利用してもらうことで安全と安心が提供でき、和歌山県と相馬市の交流機会に発展できれは幸いです。本日は大変お忙しい中、このような機会を設けていただいたことに感謝し挨拶とさせていただきます。

以上の挨拶の後に、市長を始めとする皆さんと懇談機会も頂戴しました。

相馬市訪問

最近困っていることは風評被害が後を絶たないことだそうです。最近も人気漫画で福島県産の食べ物を食べた後、鼻血が流れた内容のものがありました。その後、観光に来てくれる予約のあったお客さんからのキャンセルが続出しています。漫画に書かれたことによる影響を受けているのです。しかし相馬市内の病院などにそのようなことがあるのかという調査を依頼した結果、地元食材を食べて鼻血を出した事例は全くありませんでした。これこそ風評被害であり、風評被害が今も福島県を苦しめているのです。どれだけ立ち直ろうとしても、一つの批判が風評被害となり復興を妨げています。

また放射能漏れによる甲状腺異常に関しても、これまでと比較して有意な差はありません。甲状腺には袋のようなものがあるとイメージして下さい。その袋にヨウ素がいっぱい詰まっていると放射能を蓄えてしまうことがありません。日本は海洋国家ですから海産物、昆布などを毎日のように食しています。昆布にはヨウ素が含まれていますから、昆布のお味噌汁や昆布を使った料理を食べていると甲状腺内の袋にヨウ素が満たされるのです。昆布のお味噌汁一杯でこの袋はいっぱいになるイメージです。ですから日本人は放射能への対策としてヨウ素を取る必要は全くありません。ヨウ素が不足しているとすれば、海洋国家としての恥です。

このような初歩のことも知らないのは、わが国の放射能教育ができていないからです。放射能は正しく恐れることが基本で、風評被害や根拠のない噂レベルに恐れる必要はないのです。

東北は復興途上にありますが、ハード面の整備よりも精神面のケアが必要な時期に入っています。東北は精神面での支援を必要としているのです。そんな時に風評被害を間に受けて、それを信じて東北に行かないという選択をすることは、立ち直りかけている皆さんにまた精神的負担を負わすことになっているのです。日本国民として、立ち直ろうとしている人を改めて追い込むような行為はしてはならないのです。

現地に入り意見交換をすると、直接の言葉を通じて見えていないものが見えるようになります。見えないものを見える言葉にして、真実を伝えなければならないと思いました。

その後、南相馬市にある南相馬除染研究所を訪問し、高橋理事長、箱崎事務局理事と意見交換を行いました。現状を聞かせてもらうと、除染作業は直後から続けているのですが、全てを除去するまで至っていないことを知りました。除染する側と除染される側、つまり住民との間で合意形成がなされなければ作業は進まないようです。それは人が関わる問題なので、一方的な取り組みは反発を招き進展しなくなります。地元と県外事業者が協同して作業をすることが除染に必要なことなのです。

除染作業には、作業を指揮する人、技術力、作業をする人、そして資金力が必要となります。福島県外の人が全てをやってしまおうとすれば地元には何も残りません。除染はできたとしても、それでは元には戻らないのです。自分たちの町は自分たちも関与して再生することが精神的にも必要なので、除染作業に関しても未来図は必要で、それは地元の皆さんと一緒に進めることが不可欠なことです。

現地に入ること、意見交換することで知り得ることがありました。直接自分で確かめることがどれだけ大事なことなのか、改めて理解できました。

帰路、仙台空港は午後8時15分に出発し関西空港に到着しました。福島県相馬市を日帰りで往復できることも知りました。