活動報告・レポート
2013年8月30日(金)
憲法改正講演会
憲法改正講演会
憲法改正講演会

憲法改正講演会に参加、講演は橋下大阪市長が行いました。市長の憲法認識を伺うことができる貴重な機会となりました。講演会には以前から親しくさせてもらっている伊東衆議院議員も参加していたので近況を話し合いました。

さて憲法です。橋下市長の憲法の考え方は憲法論に基づくオーソドックスなもので、定石どおりの見解です。もっと言えば最高法規の基本通りの考え方です。私も以前に活動報告などで何度も憲法のことは取り上げていますが、私の考え方も憲法論の王道に基づくものですから、考え方は一致しています。

憲法改正講演会

何度も繰り返している事ですが、憲法とは権力者が順守すべきことを定めたものです。人間の歴史から権力から容易に分かることですが、権力は必ず腐敗します。権力に歯止めをかけるために存在しているのが憲法です。日本国憲法もこの考え方に基づいて構成されているものであり、憲法順守義務は権力者に課せられています。つまり国民は守るべきものではないのです。

憲法99条を見てみます。

「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とあります。国家権力の地位にある人が憲法尊重義務を負っているのです。ですからこの条文に国民という文字はありません。つまり国民は憲法擁護義務はありませんし、憲法の性質上、国民に憲法擁護義務はないと考えるのが筋です。

このように権力者が権力の乱用を縛るために存在するのが憲法です。その意味をもっと踏み込めば生まれながらにして与えられている人権を守るために権力を憲法で縛っているのです。憲法によって進められる政治を立憲主義といいます。つまり法の支配の国は立憲主義の国なのです。

橋下市長が憲法の勉強を始めた時に驚いたことと感心したことが「国民は憲法を守らなくてもいいんだ」ということだそうです。新鮮な感覚があり「良く出来ている」と感じたそうです。

フランス革命の時、絶対王政から国民の権利を守るための人権尊重の考え方が憲法に生かされています。フランス革命、そしてアメリカ独立宣言から始まり引き継いできた英知が、日本の憲法の個人の尊重に基づく立憲民主主義という考え方です。主権者である国民が政府を監視していくということが憲法の本質的な意味なのです。

フランス革命のあった絶対王政の時代と民主主義社会の現代では権力の考え方が違うという意見があります。時代背景は違うとしても人間の本質は同じです。人間は権力を持つと暴走するという性質です。これを未然防止するという考え方が憲法ですから、これを外すことは人権尊重の歴史である立憲主義を外すことです。

憲法に国民が国を守るべき義務を条文化するという話がありますが、憲法は権力者に擁護義務を負わせているものですから、ここに国民が擁護する条文を入れるというのはおかしな話です。例えば憲法の条文に「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」という条文が入っているとすれば、フランス革命以降の人類が積み重ねてきた憲法の本質を転換させてしまいます。

憲法改正講演会

もうひとつ基本的人権の条文が憲法97条にあります。これは憲法13条と並び重要な条文ですから絶対に外すことはできません。憲法99条は「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」とあります。

この条文は基本的人権の本質を示したものです。そのため日本国憲法が人権を保障する憲法であることを強調するために、憲法が最高法規であることを規定した日本国憲法十章(97条〜99条)の先頭に配置されているのです。

民主主義社会において権力とは政府を指すことがあります。政府がやりたいと思うことは自由にできる国が目指すべき国ではありません。私達は権力が特定の権力者に集中したときの歴史から学ぶ必要があります。

橋下市長が憲法に対してオーソドックスな考え方を持っているとは思いませんでした。

憲法改正の論議の中に立憲主義を守ることはとても重要なことです。そのため憲法の持つ本質的な部分、憲法擁護義務や基本的人権などを除外することや、国民に新たな義務を課すことなどは求めていないのです。

その他

耐震診断と耐震補強に関する協議を行いました。耐震改修促進法によって現在の建築基準法以前に建てられた2階建て5,000平米以上の建築物は耐震診断と耐震補強が必要となっています。それに対応するために和歌山県として補助制度を創設するため、その制度説明に伺いました。今後はこの法律を好機と捉え建物改修する事業者と、事業継続を検討する事業者に分かれそうです。