今年も半分が過ぎました。時間の経過がとても早いと感じています。今朝から事務所にお客さんを迎えました。和歌山市を拠点としてイタリアでもビジネスをしている方が訪ねてくれました。イタリアでの仕事のごく一部を聞かせてもらっただけですが、明るいイタリアのイメージが浮かびました。イタリアは衣料品向けの素材が良いことから各都市で衣料品の生産拠点があるようです。良い素材に近いところに生産拠点があるのは当然のことですが、一極に集中していないのが特徴です。
ただ最近は生産コストを下げるために、賃金の安い労働力を求めて国外で素材の加工をしているようです。イタリアのブランドの信頼性は高いので、どこで作られてもブランドマークがある製品は良質で輝き続けています。
ただしアジアのどこかの国の人達が製造しているイタリアブランドは粗悪品なので、見間違えることのないようにして欲しいと思います。しかし本物を見抜く力は簡単に養うことはできません。本物を持つ、使うなどして、感触を把握しておくことが、本物を見抜く力の基になります。知識だけあっても駄目ですし、使ったことがないのに本物を見抜くことはできません。自分で使う、つまり経験していることが本物を見抜く力となります。
マークではなくて品質を見抜く力が必要な時代になっています。本物と触れる、本物を作り出している側の人と知り合うなど、自らの生活を守るために防衛が必要となっています。本物を知るには自分が本物に近づくことが求められます。ビジネスや生活、趣味においても自分を高めることの重要性は高まっています。
偽者はいつの時代にも存在していますが、偽者には本物の輝きはありません。人は本物の人物になるためには向上し続けることが必要ですが、同じ生きるのであれば偽者でいるよりも本物になりたいと思います。
日本の技術、イタリアの素材と職人技が組み合わさってあるブランド品が誕生しています。社会を構成するとは、そんな役割の一部を担えることにあります。どこかで社会というブランドを支えている。過去に生きて死んだ人が現代社会を支えている訳ではありません。今を生きている私達が社会を構成していることは間違いありません。ですから社会を本物にするのも偽者にするのも、現代を生きている私達の生き方によります。
現代社会というブランドは私たちが創っている。そう思います。
和歌山県を外国語活動の日本一の県にしたいと活動している方がいます。話しをした結果を受けて、その実現を考えているところです。最も難しいのが実現に向かう行動にあります。行動することが全てだと思いますが、行動した結果を求めるためには多くの人の協力が必要となります。
例えば交換留学を実現したいとすれば、交換留学を実施してくれる高校を探し、外国からの留学生を受け入れるしくみを作る必要があります。外国の大学と留学受け入れの締結をすることはできますが、留学に必要な成績の基準や学費の問題などをどう扱うのかを締結してくれる高校と協議する必要があります。このように全てのことは個人ではできないのです。仕事や社会を変える取り組みは全てチームプレイによります。
でも最初は個人の思い、情熱、人脈から誕生します。最初の行動を取る人、それに協力する人、どちらの存在も大事です。
では和歌山県を外国語活動の日本一にするためにはどうすべきか。答えはひとつ。行動に移すことです。
「たんざく展」に行ってきました。文字通り「たんざく」に文字や絵の作品にしている作品展です。案内をいただいた書道家の山西さんの作品に触れてきました。作品は三点。「龍」、「活」、「ありがとう」の三作品です。
さて作品「龍」です。龍という文字を絵のように描いています。これでもまだ文字が残っています。作者の山西先生は、本当は文字を絵化するようなイメージの作品を創作しているのですが、今回は分かり易いようにと思ってこの作品を出展しています。
龍は地上のパワースポットに降りて来て、そこに傷跡を残して立ち去ります。龍の爪痕のある場所はパワーのある場所なのです。龍は中国の想像上の動物ですが、その性質からパワーのある地形を選んで降りて来るようです。龍が降り立つ場所には力が宿っていて、まるで龍はそこから飛び立つ人を期待しているように思います。
龍が降り立ってくれるような人でいることを知らせてくれるような作品です。
参考までに山西先生は、この一つの作品を仕上げるのに2,000枚以上の作品を描いたそうです。2,000枚超の中から展示された一作品なのです。そこには作者の思いや期待が詰まっています。一つの作品を世に送り出すために思いを込めて2,000枚も描く。プロでなければできないことです。それをやり遂げているのがプロであり、作品を通じて学びを伝えてくれているのです。作者が伝えたいものを受け取り、そこから学ぶこと。それが作品展の楽しみ方です。作品展の作者から話を聞ける機会は絶好の学びの場となります。作者と話を交わせることは中々ありませんから、作品談義はとても勉強になります。
一つの作品を仕上げるのに2,000枚超の作品を描きますから、作者の思いは作品の中に浸透していくことになります。龍の役割とあなたの役割をどう伝えるか、そんな思いが伝えられています。プロの仕事は本当に凄いと感じました。1分の1ではなく10分の1の作品ではなくて2,000分の1なのです。1つの作品の背後には2,000枚超の作品があるのです。
思いが伝わらない筈はありません。プロ野球選手の一つのスイングの影には数万回のスイングがあるように、この作品の影には2,000枚超、そしてこの作品が生まれる背景には数万の書があります。
自分の果たすべき役割が見つからないのは、数万回という練習と繰り返しの時間を掛けていないからです。数回試みて「やめた」と思うことが多くありますが、それではプロには到達しません。私達は、見えているものの背景にあるものの存在を知らないだけです。そしてプロはそんな背後にあるものを見せることはしません。どうしたらプロに近づけるのか思うことがあります。簡単にやってのける影には、続けることが簡単ではない練習時間があるのです。