活動報告・レポート
2013年2月11日(月)
バランス感覚

「人間が快適な社会生活をすごすために必要なことは、快適性と受容できるリスクとのバランスだと思う」。そんな話を伺いました。社会ではバランスを取ることが大事ですが、快適性とリスクのバランスも同じように考えるべきことのひとつです。

自動車の快適性と事故のリスク。飛行機の利便性と事故のリスク。原子力発電所稼動と事故のリスク。これらはバランスを考えるべきことです。

わが国において自動車事故で死亡しているのは1年間で約3万人です。3万人も自動車事故で生命を亡くしているのですから危険な乗り物に分類されるかも知れません。

例えば日本全体の遊園地の乗り物で年間約3万人が事故で死亡しているとなれば、即刻、その乗り物の利用は禁止されますし、遊園地は廃園となると思います。

しかし自動車の運転は禁止されません。それは利用を正しくすれば快適であり、移動時間を時間短縮できる便利な手段であり、家族との幸せな時間を過ごせる価値があり、経済活動に欠かせない乗り物であるからです。

自動車の有益性が危険性を上回っていると多くの人が考えているため、現代社会で受容されているのです。但し自動車の運転は危険性が存在しているため、安全に運転できる能力を有する人だけに運転免許が与えられています。こうして社会は安全運転が出来る人だけに運転資格を与え社会でのリスクを回避しようとしています。

現代社会ではこのように自動車の運転に伴うリスクがあると知りながらも社会が受容しています。もし近未来において年間の自動車事故が3万人もいることが大問題になり、自動車による事故のリスクをゼロにするというリーダーが現れたら、もしかしたら利便性よりも安全性を確保すべきだという価値判断が成されるかも知れません。その社会においてはリスクをより軽減させることが社会の価値であると判断したことになります。

しかし現代社会においては自動車の利便性が予想されるリスクよりも価値が高いので、運転免許保持者であれば自動車の運転を社会が認めているのです。

飛行機はどうでしょうか。自動車よりも事故による死亡者は少なくなっています。しかしゼロではありません。一度飛行機墜落事故が起きると大惨事になりますが、移動手段として優れていますしビジネスに大事な時間という価値を優先させてくれる乗り物なので、遠方への移動手段として多くの人が利用しているのです。

尤も少しでもリスクがあると思う人であれば、国内なら新幹線の利用、外国であれば船舶での移動という選択肢があります。しかし現代社会において飛行機の運航は受容されているのです。自動車同様に利便性が高いので社会が必要としているからです。

では原子力発電による電力供給に関してはどうでしょうか。快適な社会と生産などの経済活動を支えている電気は現代社会に欠かせないものです。その供給手段として原子力発電があるのですが、福島第一発電所の事故によって他の原子力発電所もリスクが高いと当時の政府が判断して停止させた状態になっています。

その結果、化石燃料の輸入が3兆円増加し、電気料金の値上げにつながっています。国益を燃料費として流失させていますし、経済活動の基盤となる電気料金が上昇することになりました。生活と企業活動に影響が発生することになります。

地球環境問題への対応という観点を外したとしても、わが国経済への影響が発生することになります。わが国の経済活動の支えという価値と、リスクとの価値判断が求められる訳です。これは非常に大きな問題なので原子力規制委員会の答申を基に、政府により価値判断が成されることになります。

ここでもバランスの問題があるのです。極端な議論では社会活動は発展させることはできません。見解が異なる両者の意見を参考にしながら、民主主義によって国民の信託を得た責任者が判断を下すことになります。リスクがあるものの現在の社会に必要であれば動かせるでしょうし、なくてもわが国の経済活動やエネルギー確保は大丈夫だと判断すればそれに基づいた判断になります。

トップがバランス感覚を持った判断をすることで社会は動くのです。

ある人が映画ゴジラの話をしてくれたことがあります。ゴジラも危険な存在ですが、地球を守ってくれる存在でもあります。映画の世界ですが、ゴジラがいなければ地球の危機は誰が救ってくれるのでしょか。リスクがあるけれど安全に使えたら社会を守ってくれるものであれば受容することも必要です。