活動報告・レポート
2013年1月5日(土)
講話
介護の問題

和歌山市内の高齢者施設は満員で待機状態にあること伺いました。高齢社会に突入していることで高齢者施設が不足しているからです。介護は大きな問題です。まず自力で排泄やお風呂に入れなければ同居者に相当の負担が掛かります。毎日の介護ですから同居者は体力的、精神的に参ってしまうことがあり、介護する人が病気になってしまうこともあり得るようです。人によって異なるのですが、プライドの高い男性は高齢者施設への入所を嫌がることがあり、入所しても交流ができない場合もあります。交流に際して過去のプライドが邪魔をする訳です。

介護に関しては過去から数多くの議論が交わされていますから問題は抽出されていますが、個別の問題への対応は違いますから解決は難しくなっています。家族の問題、心の問題などが横たわっていて、いずれも簡単には解決できないことが問題です。午前中は、そんな介護の問題を話し合いました。

和歌山フラメンコ協会

和歌山フラメンコ協会の森久美子先生を訪ねました。平成24年の活動も素晴らしい成果を出しています。国内の舞台は勿論のこと、スペインバレンシア州での和のフラメンコ「AMATERASU」の公演、紀州踊り参加やポルトヨーロッパでの公演など、一段と高い位置での活動ができました。

平成25年も、より高いところを目指した活動をすることについて話し合いました。課題はありますが、全てが自分の思い通りにいくことはありませんから、課題を乗り越えて活動することで一致しました。できるなら、スペインバレンシア州で演じた「AMATERASU」の東京公演を実現させる年にしたいと話しました。課題や障壁はありますが、平成25年7月頃を目指して、活動を開始することにしました。

新春らしい夢を実現させるための話し合いができた時間となりました。

講話
講和

新春恒例の阿弥陀寺の高木歓恒住職の講話を聞かせてもらいました。最近は毎年、1月に高木住職の講和を聞くことから新年が始まっています。今年は「生きる喜び」と題して話を進めてくれました。

心の苦難を取り除き仏のような境地に達すると人生は喜びに変化しますが、そんな境地に達することができないと考えて人生を生きる方が幸せになります。心の苦悩とは、怒り、妬み、恨み、驕り、高ぶり、媚、諂いなど煩悩に渦巻く心を指しますが、これらの心の苦悩を取り除ける人はいません。例えば最初の怒りを抑えるだけでも難しいことです。こうした感情があるので、自分が失敗をした時、他人の責任にします。「あの人の言う通りにしたから失敗した」、「あいつが邪魔をしなければ上手くいったのに」などの不満を言うことがあります。自分の失敗を決して自分の責任と考えないのです。

でもそれは人生の喜びにはなりません。自分に起きた出来事とは良いことでも良くないことでも、いただいたもの、ご縁ですから、どう受け止めるかが未来を変えて行きます。

原因プラス条件が結果です。結果とは今この瞬間のことです。今起きている全ての結果は、過去の原因と条件が加算されたものなのです。自分の行為が現在の自分となっているのですから、結果をどう受け入れるのか。その心の持ち方次第で、未来は変わることになります。

心の苦悩は取り除けないのですから他人の責任に転嫁しないで、できなかったことは全てお任せすべきなのです。お任せするとは人格を磨くことに他なりません。見えないものにお任せをすることは人格を磨き高める以外にないのです。

では人格を磨き高めるにはどうすれば良いのでしょうか。日本人は古から高い精神文化を誇っています。その基本的な心構えを持つことで人格は高められます。基本は次の5つの言葉を心から使えるようにすることです。

「ありかとう」、「お陰さま」、「いただきます」、「ごちそうさま」、「もったいない」の5つを使いこなしましょう。全てが感謝につながる言葉です。

「ありがとう」は有り難いと書きます。つまりこの世にあることが難しいことが実現できていることに対する感謝の言葉が「ありがとう」なのです。対価がないのに実現してくれることを有り難いと言いますから、英語のThank youとは全く別の意味です。

Thank youはGive and takeから来るものですから、対価を求めて実現したことに対するお礼の言葉です。「ありがとう」はGive and takeの関係から来る言葉ではなくて、自然や相手の気持ちに対して感謝の気持ちを伝える言葉です。

「お陰さま」も感謝の気持ちを表す言葉です。「お」は丁寧語、「さま」は尊敬語なので、大切な部分は「陰」です。陰とは見えないものを指します。見えないものを丁寧語と尊敬語で挟んでいる言葉が「お陰さま」ですから、見えないものに感謝することが「お陰さま」です。長年会っていない人と偶然であった時、こんなことを尋ねられることがあります。「これまでどうでしたか」。それに対して「お陰さまで○○」と答える場合があります。長年会っていない人にはお世話になっていないのに、お陰さまという感謝の言葉で答えています。

それは直接、その人にお世話になっていないけれども、これまでの間、多くの人のお世話になって今まで健康で生きてこられたこと、そのことに対する感謝の言葉であり、あなたにも間接的にお世話になっているのですよと気持ちを表しているのです。

 見えないものに感謝すること。それが「お陰さま」であり、日本の精神を代表する感謝の気持ちを表す言葉です。

「いただきます」とあなたの命をいただいて、私の命に代えさせていただきます。という感謝の言葉です。

「ごちそうさま」の「ご」は丁寧語であり、「さま」は尊敬語ですから、間の文字「馳走」が主役の言葉です。馳走とは走ること、つまり遠くにあったものをいただけるという恵みに対する感謝の言葉なのです。

「もったいない」は世界語になりました。「勿体無い」のオリジナルは「物体無い」から来ているものです。この意味は物の命を粗末に扱うことはしてはならないということです。靴にも紙にも割り箸にも、物の命が宿っています。それが自然崇拝であり、仏教が伝来される以前からわが国が大切にしてきた精神文化なのです。

物にも命がある。だから大切にしなさいという教えです。物にも命がありますし、物を作ってくれた人の心や命もそこには宿っています。物を大切にすることを「もったいない」という言葉で表しています。決してケチという意味ではないのです。

人や物、自然などすべてのモノに感謝する言葉が日本語にあります。感謝を表す言葉を使い自覚を磨き高めていくことで、人格者に成長することができます。人格を磨かない人は年齢を重ねても周囲に不満を漏らすだけの人となります。不満や不平、批判などの腹立ちの言葉を使う人は周囲の人に嫌な思いをさせることになりますから、人格者にはなり得ません。

人は一生を通じて人格を高めていきます。人格を高めることが日本人として生きることなのです。

それなのに大人になっても、高齢者になっても、怒り、不満、批判、愚痴を言う人が多いことは情けないことです。人に対して感情に任せて怒っている人は人格を磨いてこなかった人ですから、地位や肩書きがあっても尊敬されることはありませんし、相手から、内心見下されていることにも気付かない心の持ち主です。

日々人格を磨き高められる生き方を目指したいものです。