570.お稽古
 和歌山市内で活動を続けているお三味線の先生と懇談しました。先生の下には和歌山市内だけではなく宮崎県や徳島県、大阪府や京都府からもお弟子さんが習いに来ていて、和歌山県でもっとお三味線を普及させるための活動をしています。

 平成20年5月末に、家元と全国の直接のお弟子さん達と一緒に東京の舞台に立つ予定があります。そのため週に一度は東京の家元の下に行ってお稽古を行っています。お三味線の持ち運びを伴うことから新幹線での移動になりますが、和歌山市から東京まで往復約7時間をかけています。

 そこで先生から質問がありました。「家元のところでのお稽古の時間はどれくらいだと思いますか」。私は「1時間くらいですか」と答えましたが、それは誤りでした。
 答え。お稽古の時間はわずか15分なのです。お弟子さん達と演奏曲である一曲の音あわせをする時間が15分、直すべきところがあると家元から指導があります。
 「次回までにこの部分を練習してくるように」とだけ。その日は揃っての再練習はありません。家元からの指摘を確認して、次週のお稽古日までにそこを修正してくるのです。その繰り返しです。

 「わずか15分のために毎週7時間もかけて東京に行くのですか」と尋ねると、「15分もお稽古を受けられるのは幸せなことですよ。しかも家元と同じ舞台に立てる機会もあるのです。しかも、家元とご一緒できる機会は誰にでも与えられているものではありません。そしてお稽古といっても真剣勝負です。15分に向けて精神を研ぎ澄ましていきます。駄目だったらやり直せば良いという考えはありません。駄目だったら外されるだけです。」

 プロの世界の厳しさを感じました。15分のために7時間を費やす。一見、時間がもったいないように思いますが、確かに家元から直接お稽古をつけてもらう機会は滅多にありませんし、直接のお弟子さんと合わすに当たって、相当の稽古を重ねておくことが礼儀なのです。家元のところでのお稽古は稽古ではなく、舞台に立つための予選のようなもの、つまり真剣勝負の場なのです。真剣勝負の場が多いほど実力は向上します。舞台に立つことや家元のところでのお稽古の機会は実力を伸ばしてくれるのです。

 そう言えば、4年に一度のオリンピックでも本番の舞台に立つのは一瞬のことです。競技や勝ち抜けるかどうかによっても異なりますが、100m走だと約10秒。トラック競技でも一周40秒強です。柔道では数分。もし予選や一回戦で敗退すれば、わずか数秒から数分で4年に一度の舞台は終わります。しかも生涯でたった一度の舞台になる可能性は高いのです。
 そのために稽古を続け、本番で身体と精神をピークに持っていかなければならないのです。

 お三味線の舞台も、そのための15分ですから、もったいないことはありません。お金を積んでもこの経験はできないからです。そして本番に向けて先生は今日もお稽古を続けています。本番に向けてできることは、お稽古を続けること以外にないのです。

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