朝から雨の春の日、和歌山市内にある廃園問題で揺れている幼稚園の卒園式が挙行されました。卒園を控えた保護者の方とお会いして話をしていると、こちらも嬉しいような寂しいような気持ちになってきます。子どもが幼稚園の時期は楽しいものなのに、在園中、苦労を経験された保護者の方々の心情は察するに余りあります。
平穏な市民生活が脅かされる、これは経験した当事者でないと理解出来ないものです。
出来ることなら、日常生活は何事も無いように過ぎていくのが、一番幸せなのかも知れません。全国的に見ても、ある日突然事件に巻き込まれることがあります。周囲は何も変わっていないのに、自分の周囲だけに変化が起きる、そして明らかに、時間の経過がそれまでと異なってしまう、ミステリーではなく和歌山市にある普通の家庭で起きたものです。
気づかない内に自分の意思とは関係なく大きな流れの中に巻き込まれていく、不安と孤独との戦いでもあります。
社会生活の中においては、自分の思うことと現実が乖離していることが多々あります。現実に合わせるのか、自分の意思のある方へ現実を引き寄せるのか、それも個人がどう思うか次第ですが、後者を選択すれば困難に突き当たることになります。それでも納得し難いことがあれば、少しでも意思表示することが大切です。
結果は同じになるかも知れませんが、自分の周囲を含めての世界は何もしなかったのと比較して確実に変化が起きています。何もしなかった場合の現実はこの世に存在しないため気づきませんが、取り巻く空間は行動した結果、現れた現実として存在しています。
再び、一歩前進させた現実の社会で生活が始まります。一段高いところに自分を高めた人は、再び低い志の所へ戻ることはありません。何事もない平穏生活は大切にしたいものですし人はそれを求めるものですが、一度、志を持つと高い次元で平穏な生活を過ごすことになります。日常の生活でも今までと違って視点で物事を捉えるため見える景色が違ってきます。
厳しい活動を乗り越えて精神状態が高くなれば、これからの生活も高いレベルで過ごすことになります。きっとまた、レベルを上げた方達に対して社会が出番を要請する時がやってきます。卒園式を終えて少しの間、休息の時間となります。
春の温かい雨が降り注ぐ中、親子にとってそれぞれに意味のある卒園式となりました。
引き続いて幼稚園のある地元小学校へ進学する子ども達、自宅の近くの学校へ進学する子どももいます。子どもの進学に応じて保護者の方々の進路も別れますが、一緒に活動を行い信頼に結ばれた方々の交流は将来とも続きます。卒園式の後は早速交流会が行われています。苦しいこと、楽しいことなどが一転して思い出に変わる瞬間です。頑張ってきたからこそ味わえる感激です。
様々な思いから卒業することになる平成17年の3月17日、奇しくも今日は教育民生委員会において提案された条例を採決する日です。教育民生委員会に提案されて議案は、全て可決されたという事実が刻まれた日となりました。卒園おめでとうございます。
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