コラム
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2011/12/27
950    思いの強さを伝える

紀州語り部のSさん。事前調査と研究熱心さで、和歌山市を訪れてくれる皆さんの心をひきつけています。会社を定年退職した後に紀州語り部の活動を始めましたが、すっかり郷土の歴史家になっています。和歌山城、和歌の浦、熊野古道など、県内各地の歴史や物語を拾い集め、また調査して独自の語り口調で皆さんに伝えています。

「何でもないことを何かあるように思いを込めること」が大切なことだと伝えてくれました。本質をついた言葉です。つまり観光地を訪れても、事前に歴史や見所を調べておかなければつまらないものになってしまいます。ですから調べて行かない場合は、語り部やガイドに同行を依頼する方法があります。それもしなければ、例えば和歌山城を一人で歩いても楽しめないのです。

そこで語り部の登場となります。一人では何があるかも分からないこと、どんな歴史があったのか分からないことが、語りかけてくれることで歴史やここで繰り広げられた物語が見えてくるのです。城壁を見ても何も分かりませんが、どこで切り出された石なのか、石に刻まれている刻印の意味はどんなものなのか。そして藩主の性格や政治はどんなものであったのか、当時の紀州の状況はどうだったかなどを知ると、ここにある何でもない光景が何かの意味を持った光景へと変化するのです。

語り部の腕の見せ所はここにあります。お客さんにこの場所で過去を想像してもらうこと。それが歴史ある観光地の楽しみ方なのです。そのためには事前学習が必要ですし、何度も現場を訪れて小さな発見を積み重ねる必要があるのです。そして歴史書を読み、寺社を訪ねて、その地域に伝わる物語、伝説などを聞き取ります。そして実物、例えば武将の刀などがあれば、それを持たせてもらっています。重さや長さを体で感じることで、自分が語る物語に迫力がでるのです。

「襲ってくる敵を次々に切り倒し」という説明をしたとします。実際の刀の重さを知り、振り回せるかどうかを体で感じておけば、話し方が変わってきます。

語り部は団体によっては説明の仕方を変えます。楽しい話にしようとしたら「敵を継ぎつきに倒したと聞いていますが、実際の刀の重さからすると、一人倒したら疲れて二人目は倒せなかったと思います」など笑いを誘うこともできますし、「重い刀を操れるだけの技量や体力があり、今では伝説となっているように多く敵を倒せたのです」などの語りもできます。現場に行き、話を聴く、実際に触れることで話に厚みがでます。そんな小さな活動をSさんは続けているのです。

このように観光パンフレットや観光案内板に書かれていることではなくて、印刷物に書かれていないことを伝えているのです。地元の人だけが知っている言い伝えや、寺社に行かないと分からない史実などをSさんは吸収し、それを自分の言葉で歴史をしっかりと伝えているのです。

やろうと思ったら、その思いの強さで何かが見えてくるものです。ここに存在していない物語を語るには、それまで多くの仕込みと実地経験が必要なのです。