コラム
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2011/12/9
939    川の流れ

前回に引き続いてK電力会社のHさんとの話です。1988年アメリカ。当時はジャパン・アズ・ナンバーワンの時代で、アメリカに学ぶものは何かを探さなければならない時代でした。もうアメリカに学ぶものはないと自信を持っていた日本を離れ、一緒に仕事や見聞を広められたことは貴重な経験として今も心に残っています。サービスレベルや商品の品質、仕事の品質管理など、全てにおいて日本が上回っていて、日本企業が永遠であるような気持ちがありました。

しかし日本が持ち得ていないものもありました。宇宙発射基地であるスペースセンター。自然エネルギーを生み出している巨大なウインドファーム。そして人種が融合しているニューヨークの不思議な活力。近代史を学べるスミソニアンなど、巨大な技術や資料、才能の集まりといったものは、わが国にはないものでした。しかしそれが、その後につながるものだとは思いませんでした。忠誠心で固まった組織力、世界一の品質レベル、経済力で、ずっと世界をリード存在でいられると感じました。そんな1988年から23年が経過しました。当時27歳だった私も50歳の年を迎え、頂点を迎えて努力を続けても、いつまでもトップでいられないことを知りました。日本独特の文化ですが人の世は無常なものです。

方丈記にあるように「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし」なのです。

これは「川の水の流れは決して絶えることはないけれども、そこにあるのは同じ水ではない。ゆっくりと漂っている泡にしても、割れたり他の泡とくっついたりしているので、そのまま現状維持を続けているものではない」という意味のものですが、人は社会の同じ場所に留まることはできないのです。そして現状を維持することもできないのです。それを知りながらも人は栄華を極め、そこに留まろうとするものですし、永遠に現状維持を続けられると思っているのです。

1988年には30歳、そして27歳だった私達も50歳を超える年齢になりました。そのHさんが所長時代に記したメッセージ第二弾、少し要約したものを紹介します。

「ベストではなくベターを目指そうということです。ベターを目指すのは考え方があります。ベストは普遍的なものではなく時代と共に変わるものです。またその時のベストを狙っても、それなりの時間がかかります。ベターであれば今よりもほんの少し良くなるだけで良いので早い行動につながります。孫子の「巧遅は拙速に如かず」の言葉にあるように、良い考えでも時間がかかれば意味はないのです。少し劣る策でも早ければ、次の策を打てるのです。スピード重視でベターを目指しましょう」。

アメリカでの経験がその後に活かされていることを知りました。日本の基準が世界の基準になるようにベスト目指したのですが、今では中国や韓国の勢いに押されています。現状維持ではいられないことを知り、人も変わることを知り、だからこそ、その立場を与えられた時間はしっかりと流れを途絶えさせることなく、常に良い手本を見習いながら、次の流れが来るまで自分の持ち場における使命を守りたいものです。