コラム
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2011/12/1
933    歌詞を覚える

シャンソンライブに行った時のことです。隣に座っているUさんが意見を述べてくれました。「舞台で歌うには曲を覚えなければなりません。歌詞を覚えなければ聴く人に感動を与えられないからです」という内容です。Uさんもシャンソンを歌っている人で、和歌山市民会館の舞台でも歌った経験があります。プロではない人が舞台に立って歌を歌うことは大変なことなのです。

歌詞を覚えても緊張をすると飛んでしまうことがありますし、舞台が決まってからの選曲と練習には相当の時間を掛けます。好きな歌でも舞台で歌うとなると、歌詞を覚えることは難しいことなのです。

発表会の場合、中には歌詞カードを手の掌に挟んで忘れそうになったら見て歌う人もいます。忘れないようにと思う気持ちは分かりますが、やはり覚えて歌っている人の方に感情が入っているように思えます。歌詞を覚えるということは、歌詞の内容を理解して自分なりにその光景を想像する作業があります。シャンソンの場合だったら巴里が舞台になることが多いので、シャンゼリゼを歩く場面や風で枯葉が舞う巴里の風景の中に自分を存在させます。自分に歌詞の中の世界を体験させて、その歌詞に込められた意味を感じ取るのです。そこで感じたこと、喜びや悲しみなどを言葉に感情移入していくのです。一人で歩く秋の巴里のまちの冷たさを感じたのであれば、その感じた通りに歌います。若い頃の恋の喜びを感じたのであれば、ときめきを歌で表現します。

疑似体験をするためには、一度歌詞を覚えて自分でその場面の中に入り込む必要がありますから、最低限、歌詞を覚えなければ本当の歌を歌えないのです。

そこまでして舞台に立って歌ってくれる人達がいます。自分の生き方や体験を歌詞に込めて歌っている人は、プロでなくても聴く人に感動を与えてくれるのです。

対してペーパーを見て歌う人からは感動は伝わりません。Uさんはその違いを話してくれました。「片桐さんはペーパーを見て演説をしないですよね。演説に力が入っているのは自分の言葉で訴えているからでしょう。もし自分の考えや思いが分からないので誰かが用意したペーパーを持って演説をしても、感動は伝えられないと思いますし、聴く人は共感をおぼえませんよ」という内容でした。全くその通りで、カンニングペーパーを見て演説をしても、聴く人は話す人から力を感じないのです。

卒業式や入学式で自分の言葉で贈る言葉を伝える校長先生や保護者代表の話は、生徒だけではなくて保護者や来賓の心を打ちます。良くあることですが知事や市長の代理で出席した人がメッセージを代読しても、聴く人が感動することはありません。代読者は自分の言葉で話していないからです。もし代読者がその学校の卒業生であり、少しでも自分の思い出話や贈る言葉を添えて話してから、用意したメッセージを代読すれば状況は変わるかも知れませんが、やはり自分の言葉で伝える人には適いません。

歌詞や演説する内容を覚える、言葉の意味を消化する、場面の中に自分を存在させてみる。相手を感動させるには、このように自分の体験を言葉の中に込める必要があります。