コラム
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2011/9/29
895    AKB48

和歌山市内の某公立高校の文化祭を訪れました。高校の文化祭に参加するのは本当に久し振りのことです。高校生がクラスで作成した揃いのポロシャツを着て弾んでいる姿は、ありきたりの表現ですが、青春そのものです。ポロシャツにはクラスメートからのメッセージがサインペンで書かれています。親しみを込めたもの、ふざけたメッセージもありますが、何十年か経った時にはこのメッセージは自分を励ましてくれる貴重な思い出となります。メッセージは、同級生からの応援歌なのです。

そして私達が出店した隣のブースでは、3年生が冷やしラーメンを出店していました。オレンジ色のポロシャツはメッセージが一杯書かれていました。そこで気づいたことは大きくタレントの名前が書かれていたのです。そのタレントは全てAKB48のメンバーの名前で、恐らく自分がファンの名前を書いているのです。男子の女子も名前を書いていましたから、性別を超えた人気があること感じました。そしてお店で流れている音楽はAKB48のナンバーばかりでした。

高校生を超えた違う世代からするとAKB48のメンバーの名前も顔も知らないし、アイドルグループのイメージがありますから興味の対象とはなっていません。しかし現役の高校生は自分たちとほぼ同世代ですから、親しみのある身近なアイドルなのです。

昔だったらキャンディーズやピンクレディのような存在だと思います。大人が今のアイドルを批判することはできないと思います。いつの時代も大人には分からない高校生の価値観があるのです。彼女たちの分かり易いメッセージは、歌として高校生を励まし続けているのです。

隣で模擬店を出していた3年生達も、卒業して何十年かした後、「あの頃」を思い出す時が訪れます。40歳を過ぎてテレビで元AKB48の誰かを見た時、高校生だった自分を思い出すのです。ある頃はあの歌と一緒に歌にあるような高校生活を過ごしていたこと、そして懐かしい歌は、あの時に描いていた夢と今の自分との少しの差を埋める力を与えてくれるのです。そして単なるアイドルではなかったことに気づきます。まずメンバーに選ばれることの大変さを知り、メンバーの中から選抜されることの凄さに気づきます。メンバーの中からトップになることは大変なことだと思います。どんな集団であっても、その中で目立つ存在になるには、人の何倍もの練習を継続することが必要なのです。歌やダンスの練習を継続させ、ファンに届くメッセージを誰よりも発信させているメンバーがトップに立っていることを知るのです。

多分、1番、2番のメンバーは、誰よりも強いメッセージを身体一杯に表現している筈です。強いメッセージを発信するためには、誰よりも本気で取り組まなければいけません。自分が怠けているのに相手にメッセージを発しても、強さも力も感じさせることはできません。自分が本気で生きている、生きていること実感できていることが強いメッセージを発信させるための条件です。やがて大人になった高校生は、高校時代のように自由にメッセージを発信できない自分の存在に悩みます。社会で自分の意見を発言する、それを採用してもらうことの難しさを壁にぶち当たって知っているからです。

そしてその壁を越えることは容易ではないことも知っています。見上げると青空の広がっていた天井のない高校のグラウンドから、グレーのオフィスの低い天上を見るばかりで青い空を見る機会が少なくなっている大人であることに気づきます。

自由で強いメッセージを発信することがどれだけ難しいことかを知った大人は、やがてメッセージを発信する機会が失われます。社会でも、もしかしたら会社内でも。

そんな時、懐かしいAKB48の自由な歌に接して欲しいのです。もう一度、文化祭で表現したような自分か蘇ります。そして小さな肘掛のついた程度の椅子に座っているだけの立場ではなく、どこまでも青空だった自分の心からの強いメッセージを社会に放って欲しいものです。あの頃より経験の積んだ自分は、あの頃よりももっと強いメッセージを伝えられるのです。