コラム
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2022/7/19
1883    感染拡大とパン屋さん

まちの小さなおいしいパン屋さんの経営者の話です。

パンの材料費と光熱費が高くなっていますが、何とか価格転嫁を最小限にして販売しています。ところが夏はパンが売れない季節なのです。特に今年のように暑い夏は食欲が落ちるのでパンは売れません。私は最初、パンメーカーで働いていました。パンを焼いている工場だったので、お客さんに届く瞬間や食べて喜んでいる姿を見ることが出来ませんでした。

「私が作ったパンをどんな人が食べてくれているのだろう」「美味しい顔になっているのだろうか」と思うと、「自分が作ったパンを直接お客さんに食べてもらって笑顔を見たい」と思うようになりました。そこで会社を辞めてパン屋さんを始めたのです。小さなお店ですがお客さんが支持してくれたので、何とか今までやってこれました。私はパンを売って大きな利益を得たいとは思っていません。私が作ったパンを食べてもらったお客さんにとってその日が幸せになれば嬉しいのです。

だから今回の材料費の値上げがあってもその全てを価格に転嫁していません。資金の持ち出しが多くなっていますが、お客さんからその分をいただこうとは思っていません。私が作ったパンを、コロナ禍であっても食べてくれたら嬉しいのです。

ところが自分でも残念なことですが、最近は少しやる氣が落ちてきています。毎日、買ってくれる個数を予測してパンを作っていますが、予想していた以上に売れないのです。お客さんはインフレに備えて始末をしていると思いますし、夏以降はさらに価格が上昇することを見越してお金を使わないようになっていると思うからです。そこに只でさえパンが売れない夏ですから売れ残りが増えているのです。

自分が作ったパンが大量に売れ残ることに心が痛むのです。自分で言うのも何なのですが、丁寧に心を込めてパンを作っているので残ったパンを処分することが耐えられないのです。

そこで最近は作る個数を減らしているのです。そうするとやりがいがなくなり「今日もお客さんのためにおいしいパンを作ろう」という気持ちが萎えて来たのです。これまで一日200個作っていたパンを100個にすることは、心を痛めることだと気づきました。パン職人がパンを作れないことは苦痛であり精神力を衰えさせます。

パンが売れ残ったら心が痛みますし、パンの作る個数を減らしたら氣力が萎えてくるのです。こんな心の疲れは初めての経験で、「もうやっていけない」と弱氣になってきました。

これまでは定休日は月に一日だけにしていました。私はパン職人ですし、お客さんが来てくれるからです。毎日のパターンは午前3時に起きて材料の仕込みから始めて、その日のパンを作ります。開店は午前8時で閉店は午後8時なので、お店を開けている時間は一日12時間、起きてから閉店までの時間は、途中1時間の休憩を取るので16時間になります。閉店してから後片付けをしてお店の近くの自宅に帰ります。そこから夕食やお風呂に入るので、寝る時間は12時になることも珍しいことではありません。そして翌朝は午前3時に起きるのです。

毎日これだけの時間を働けたのは、好きなパンを作るための氣力があったからです。そんな好きなパン作りに対する氣力が落ちて来たのです。私のパンを楽しみにしてくれているお客さんのために働きたいのですが、売り上げも資金力も、そして氣力も落ちているのでやっていけないと思います。どうしたら良いのか分からないのです。

心に染み入ってくる寂しい現状です。これが懸命に働いて生活している人の現実であり心の声なのです。この話を聞いて共感できる心を持った政治でありたいと思います。