コラム
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2021/1/27
1759    ジャズの音
大林武司さん

令和3年1月、ニューヨーク在住のジャズピアニストの大林武司さんが和歌山市に来てくれました。コロナ禍にあって日本に帰国したのですが、その後はアメリカに渡航することができなくなり日本に滞在しているのです。

しかしコロナ禍だからといってじっとしているのではありません。ジャズピアニストとして「できることがある」と思って作曲を行い、1月に「Visions In Silence」を発表しました。新曲を引っ提げて47都道府県をツアーでまわることにしたのです。その中で和歌山県を訪れてくれたものです。

コロナ禍で「音楽どころではない」という声もありますが、コロナ禍だから音楽が必要でなくなった訳ではありません。音楽家として「コロナ禍であっても、できることは音楽を届けることで閉塞感を吹き飛ばして欲しい」という気持ちがあったと思います。「音楽は不必要」「音楽は役に立たない」ではなく、困難に立ち向かうために「音楽は必要」であり「音楽は役立つ」と思って活動をしているのではないかと、大林さんに会って感じました。

もしコロナ禍でなければ、和歌山市にいて大林さんのジャズに触れる機会はなかったと思います。事実、「和歌山県は初めて訪れました」と語ってくれたのです。

ニューヨークで演奏活動をしているのですから、これまで日本での演奏を聴く機会も少なかったと思います。前向きに捉えるなら「コロナ禍であるから、地方都市でも大林さんのジャズを聴くことができる」ということになります。

しかも今回のツアーで訴えることは「沈黙の中にこそ聞こえる音がある、癒しと祈り」がテーマになっているのです。

沈黙とはコロナ禍の今の社会を指していると思いますし、聞こえる音とは明日を目指すことで聞こえてくる音を指していると思います。その音は、職場の音、通勤の時の音、キッチンの音、勉強している時の音、テレビから聴こえる音、風の音など、日常の中にある音のことに違いありません。そう感じたのは大林さんが訪れた会場で、お皿が何かの拍子で「ガチャン」と音がしたことにあります。

彼は「お皿の音もジャズの音です。ジャズを楽しむには静かである必要はありません。どんな音でも出してください。食事の時に聞こえる音、机をたたく音、指パッチンでもジャズの音になります」と話してくれたからです。

「ジャズは人生」は、かつて聞いたセリフですが、ジャズの演奏は人生を奏でると思いますし、ジャズの音は楽器でなくても良いのです。日常生活で聞こえる全ての音がジャズなのです。だからコロナ禍の沈黙の世界にあって日常を思い出すためにジャズの音があり、日常を取り戻すために今回のツアーにつながっていると思います。ジャズは人生と言われるように、ジャズは日常の光景を表現するものであり、日常こそが人生だと伝えてくれているようです。

だから「沈黙の日常を生きるのではなくて、こんな時であってもいつも通りの日常を生きよう」と、大林さんのジャズが教えてくれているように感じます。しかも「癒しの祈り」ですから、和歌山県のために作曲してくれたようなものです。和歌山県のツアーで新曲を演奏してくれたのは、「普段通りの気持ちを持って、その中に少しだけ『祈り』を取り入れるだけで幸せになれる」と伝えてくれたように感じています。