コラム
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2016/2/10
1633    エルトゥールル号の縁 活(いきる)による
エルトゥールル号の縁 活(いきる)による

書道家の山西未成子先生の作品の中に「エルトゥールル号の縁 活(いきる)による」があります。2015年の美術年鑑に掲載された作品で、日本とトルコの歴史を感じさせ、ご縁がつながっていることを想像させてくれるものです。文字が活きているように流れているのは、歴史が125年の時を超えて現代に流れていることや、人のご縁は活きてつながっていることを想わせてくれます。

ただ左から右に向かって線が細くなっているのは、ご縁を引き継いでいくことは簡単ではなく、ほったらかしにしていると切れてしまう危険性を示唆しているように感じます。最初に発生した絆は強いのですが、時間の経過と共に弱まっていきます。つなげるためには語りづくこと、形にすることが必要となります。歴史を後の時代に語り継ぐのは地元であり、政治家の役割です。誰にも語られない物語は歴史に埋もれていくことになります。

また形にするのは教育者であり芸術家です。教育者は子ども達への教育を通じて歴史を学ばせ、知ることによってと将来の行動という形につながるようにする役割を持っています。

芸術家は物語を作品にして私達に紹介してくれます。山西先生の書は、前述のようにエルトゥールル号の歴史を私達に知らせてくれています。その作品解説に「与えた恩は水に流し、受けた恩を岩に刻む。私達はこの心の美を忘れてはならない」と記してくれています。

日本人はエルトゥールル号の乗組員を救助した歴史をトルコに対して恩を着せることなく水に流し、エルトゥールル号の乗組員は恩を岩に刻んで125年間、語り継いでくれているのです。今まではそれを美徳としてトルコで語りつけば良かったのです。日本人の美徳として、エルトゥールル号の事件のことをトルコに対して恩着せがましくはしなかったのです。

でもテヘラン空港でトルコ航空機が日本人を救出してくれた歴史を日本人は忘れてはいけません。今度は受けた恩を日本人、そして日本国家が岩に刻むべきですし、物語として語り継ぐ使命を背負ったことになります。その形が映画「海難1890」の制作であり、教科書に掲載して子ども達に教えることだと思います。

その物語の一つとして、山西先生がエルトゥールル号を題材とした作品を仕上げてくれたと思います。先生がこの作品を大切にしていることは、美術年鑑への掲載作品としていることから分かります。美術年鑑に掲載することで、この作品に長く生きるための命を吹き込んでいます。

そして先生から。この作品を完成させるまでの経過を見せてもらうことができました。たった一枚の作品を完成させるために3,000枚以上の書を書いているのです。その中の何点かの作品を見せてもらいました。僕から見ると美術年鑑に掲載できる作品に思うのですが、テーマを伝える力加減の違いで、「エルトゥールル号の縁 活(いきる)による」の作品名が与えられなかったのです。これらの作品にならなかった書には、何枚目に書いたものかを示す数字が書かれています。50枚目の作品や2,000枚を超えた時の作品がありました。

「やはり書き始めの時の書は完成形にはなりませんね。今回は3,000枚を超えた時の書を選びました」と話してくれたように、作品に命を与えるためには、その一枚のために多くの枚数を必要としているのです。採用されなかった多くの書から、書道家の凄さを感じました。

一つの作品の陰に3,000枚を超える書があり、それらが作品に命と重みを与えているのです。