コラム
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2015/9/14
1609    泥棒の話

人と人とが描いた実話は人の心に届きます。ある人が詐欺事件の首謀であると疑われ、逮捕(後日、誤認逮捕ということが判明し起訴されませんでした)、留置場に拘留されました。

留置場では一人の泥棒と相部屋になりました。その泥棒は19歳の時に最初に逮捕されてから60歳になる今日まで、10回以上逮捕された経験を持っています。人生の中で30年以上、刑務所で暮らしていたことになります。

そんな泥棒から留置場での過ごし方などを教えてもらっていました。泥棒の話の中に涙する話があったのです。その泥棒は神戸に住んでいました。阪神淡路大震災で家屋が倒壊したのですが、倒れてきた箪笥が壁になってくれたお陰で命は助かりました。命が助かったと思った泥棒は、「こんな時こそ自分にできることでお返しをしなければ」と思い、近くの公園に自宅の洗濯機を持ち出して洗濯ができる状態にしました。公園に避難して被災者の皆さんは衣服をここに持ち込んで洗濯ができたのです。

泥棒をしていることから、逃げる中で生きる知恵を習得していたのです。それまでは社会に役立つことをしていなかったのですが、非常時に直面し、その知恵を生かして世間に役立つことをしようと思ったのです。避難所の人々は大変喜び、泥棒(被災者の方は泥棒とは知りませんでしたが)に感謝しました。

被災者の中に、阪神淡路大震災により両親を亡くした小学2年生がいました。両親を亡くして身寄りのなくなった子どもは泥棒に懐いていきました。子どもは泥棒に「私の父親になって下さい」と頼みましたが、泥棒は「私と一緒にいても、また逮捕されるか分からないから、この子は幸せになれない」と思い、児童養護施設に預けることにしました。

阪神淡路大震災から復興を果し平穏な日を取り戻した後、泥棒は再び泥棒を繰り返し、拘置所に出入りする日が続きました。社会にお役に立つことを知ったのに、何故泥棒を繰り返したのかは分かりませんが、何故か泥棒を繰り返していたのです。そんなある日、25歳ぐらいの女性が道路を前から歩いてきて、一瞬立ち止まった後、道路の真ん中で抱きついてきました。泥棒は何が起きたか分からず、「この女性は一体俺に何をしているんだ」と思ったそうです。

自分に抱きついている女性を見ると涙を流しているのです。そして「会えて良かった」と話してくれたのです。その顔を見て気付きました。あの時の小学2年生の女の子だったのです。児童養護施設に預けた女の子が大きく成長していたのです。社会人になった彼女は、泥棒の優しさを覚えていて、阪神淡路大震災で良心を亡くし絶望をしていた彼女を救ってくれたことへの感謝の気持ちを伝えたのです。

留置場で同部屋だった彼は、この話に何度も涙したそうです。「人はやり直せるし人に親切にすることで幸せな気持ちになれる」と思い、希望を得たと話してくれました。泥棒は誤認逮捕されて絶望していた彼のことも救ったのです。泥棒をしていても心を持ち合わせているので、留置場でも人を助けているようです。

彼が不思議で分からないことは「何故、泥棒を繰り返しているのだろう」ということだそうです。優しい心を持っているのに泥棒を続けている。「自分の人生だからやりたいことをしているだけ」。泥棒を称えるわけではありませんが、そんな声が聞こえてきそうです。