コラム
コラム
2014/12/11
1564    美しさ

商いには三つの意味を考える必要があると話してくれました。一つは甲から乙への商売、二つは乙から甲への商売。相対取引なのでこの二つまでは分かります。もうひとつが社会という世間が見ている商いです。

当事者間の商いは両者が納得すれば良いのですが、そこに社会の視点が加わっていると思うことで、反社会的な取引はできなくなります。不当な商売や人を欺くような商売は当事者間が納得したとしても世間は許してくれません。

第三の商いという観点を加えることで、正しい商売を貫くことができます。正しいという視点を持つことで正しいビジネスができるのです。

そして「正しさ」という言葉の最上級の言葉が「美しさ」だと聞かせてもらいました。これは正義感あふれる僧侶から聞いた言葉ですが、話を聞いていて心に響きました。「正しい」を最上級になると「美しさ」になるという視点は新鮮で、世間に受け入れられる言葉の使い方だと思います。「美しさ」こそが、社会で最上級の正義なのです。

この「美しさ」ですが、美という言葉は左右に対称になっています。左右、上下、考え方や誰に対しても親切丁寧にバランスが取れていることを「美しさ」と言うのです。ですから「美しさ」とはバランスのとれた姿であり、一方的なものを「美しい」とは言わないのです。

一方的に飛び抜けて世間が認めているようなことは安定しているようで、実はバランスを欠いて不安定なものなのです。不安定なものは「美しい」とは言いませんから、それは正しさではありません。大多数を占めるものや一方が有利なものは美しくないのは、正義ではないからです。

そして政治とは、正しいという文字が入っています。「正」という文字は「一」と「止」に分けられます。一つのことに留まっていることが正しいことだとなります。一つのところに人が集まることが正しいことだという意味になります。語源を辿ると「一」は城壁を意味し、「止」は足跡を意味しているそうです。城壁の中で人が留まることが正しいという文字の語源だそうです。みんなが集まることが正しいことだという語源がありますから、それが政治の「政」という言葉になり、政治とはみんなから支持されることで成り立つものになります。ですから政治とは正しいことをするために民意を集められた姿を言います。

ここから政治の姿が見えてきそうです。正しいことをするために民意から支持された政治家は、みんなが安心し集まれる社会を築く必要があるのです。そのために税金を徴収し、その税金をみんなが望むことに配分することが政治だと言えます。

「正しさ」の最上級が「美しさ」だということを意識すれば、政治も美しいものでなければなりません。正しいことを貫けば美しさになり、美しさを求めたらみんなが笑顔になります。

正しいことが美しいことになり、その結果、笑顔になることが理想です。

「美しい」ということはみんなが笑顔になって生活できること。政治家はそんな笑顔の花が咲く環境を創り出すことがその役割です。但し政治家だけが笑顔になれる環境を創り出す役割を担っているのではありません。日本国において主権者は国民ですから、私達が正しさを追求し、最上級の美しさを求め、みんなが笑顔になるように行動すること。それが私達のすべきことなのです。「正しさ」の最上級が「美しさ」だということを信じたいものです。