コラム
コラム
2014/11/11
1556    ビビる

責任ある立場の人は、その責任の重さにビビっていると聞きました。権限の重さに耐えられる人、ビビったとしてもプレッシャーに耐えられる人がトップになっていくのです。責任者は最終決定を下すことが求められますから覚悟が必要です。覚悟は相当の覚悟で、リスクがある場合は実行しないだとか、正しいことにプラスアルファを付け加えることができることがトップに求められることです。

特に政治の場合、正しいことを基準にすべきですが、誰に聞いても正しいことだけを追求することが正しいとは限りません。そこに思いやりや厳しさという要素を付け加えて判断をしなければ、理論で正しいことだけが社会で正しい結果を招くとは限らないからです。

例えば行政の政策は公平性を言います。ところが全ての人が平等になるような政策が良い政策とは限りません。道路行政で考えて見ます。

高速道路は物流や観光、災害時へ対応などの機能がありますが、チャンスを齎してくれる道としての機能もあります。高速道路を建設することやつなげることなどの条件を良くすることで地域の人へのチャンスが広がります。ここまでが平等な行政の役割です。

しかしここで終わると行政の役割を果したことになりません。チャンスを広げたら、そのチャンスを生かす人の出現が必要となります。チャンスが拡大しているのにチャンスを生かす人がいなければ、地域は活性化しませんし県政は良くなりません。しかしチャンスを生かす人が登場すれば地域は活性化していきます。勿論、チャンスを生かす才能や商才のある人がそのチャンスを生かせたら利益を得ることになりますが、それが平等性に反するというような評価を気にしているようでは、責任者は務まりません。

チャンスが与えられないことで若い人が地域にいなくなっている現状を改善できると思い、諦めと言う惰性になっている地域を活性化に誘導して行くためには、前提として平等性を保っても、そのチャンスを生かす人が伸びていくことは公平な競争なので、平等と競争を促すような政策を実行していくことが大切なのです。

平等の後に競争があると思って政策を実行できないようでは、地域から活力を奪うことになります。チャンスも作れないような行政であれば、若い人の流失はその先も避けられませんし、何をやっても駄目という惰性が充満した地域で居続けることになります。惰性が包み込むような空気は地域から活力を失わすことになります。

このような平等だけでも地域活力は生まれませんから、その先にチャンスを生かす競争を作り出すことが大切です。チャンスを与えるだけで良いと考えるような政策は正しいけれども政治ではないと思える力が政治センスなのです。全体の底上げは必要ですが、尖るものを輩出させることも政治です。みんなで一緒にゆっくり歩くことだけが政治ではないのです。

チャンスを生かす人が出現すれば地域の活性化になりますし、利益が生み出されると税収も増えることになります。そして地域産業が生み出されると雇用にもつながりますから若い人の流失が止められます。チャンスを生かしても生かさなくても平等であるべきだと考えることは地域にとってマイナスで、チャンスを作り出してその中から競争してもらうことが政治の役割だと思います。勿論、格差が生まれるかも知れないと思うとビビりますが、ビビることに耐えられる人ことが責任者であるべきですし、それが政治なのです。