コラム
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2014/11/5
1553    放たれる

平成26年10月16日、木曜日、午後2時15分。大連空港から関西空港に出発しました。

出発までの大連空港の待合室の時間は結構きつくて、涙が流れて目が腫れてしまいそうで、何度もトイレに駆け込み顔を洗いました。

飛行機に乗り込むと、時間を委ねる以外にすべきことはありません。飛行時間は2時間15分、午後5時30分に関西空港に到着予定です。出発直後は落ち着いていたのですが、関西空港まで後30分のところになったので、携帯電話の時間を日本時間に修正しました。午後4時17分を表示していた時計が、午後5時17分の時間を指したのです。時差が1時間ありますからまだ時間があると思っていたのに、急に未来へ1時間タイムスリップしたように感じました。

違う世界にいたように感じていたので飛行中は父親の死を感じなかったのですが、午後5時を指した途端、急に現実に引き戻されたように感じました。「日本についても、もういないんだ」と思うと涙腺が緩み始めました。飛行中は自分の心は現実の世界ではなかったのですが、日本が近づくと父親の死が現実のものとして実感するようになりました。

どの辺りなのかと思い何気なく窓から外を見ると、水平線が夕焼けから夕闇へと変わり始めていました。大空の下半分が暗くて現実の世界、上半分が未だほのかに明るくて違う世界を現しているように見えました。自分が戻ろうとしている世界はこれから夜を迎える下半分の世界で、父が今いる世界は上半分の天国の世界だと思いました。闇と明るい空が上下半分に区切られた景色は、親子を別の世界に押しやってしまったように感じます。

帰りの飛行機の中では映画「青天の霹靂」を観ていましたが、この時、ラストシーンが流れていました。主人公が舞台で最後のマジックを披露しているところでした。その時は、主人公の母親が主人公を出産しようとした瞬間でもありました。母親を思いにした白い花を赤い花に変えて手元に引き寄せようとします。その瞬間、主人公はタイムスリップしていた過去から現代へと、再びタイムスリップするのです。主人公が消えた舞台ではスタンディングオペレーションの渦となりました。

生きることに意味を失っていた主人公は、過去にタイムスリップして若い日の父と母に会い、生んでくれたことに感謝、今おかれた環境の中で全力を尽くすことが生きることだと気付きます。ただ生きていることには意味はなく、全力を尽くすことで生きる意味が出てくることに気付くのです。そして現代に戻り、年老いた父親と会います。ろくな人生ではなかったことから自分を生んだ父親を憎んでいた主人公は父に向かって言います。「ありがとう」。

主題歌の「放たれる」がエンドロールと共に流れてきました。午後5時15分、もう間もなく関西空港に到着する時間となりました。

向き合いたくなかった父の死という現実と向き合う時が近づきました。着陸して直ぐに飛行機から降り、午後6時のリムジンバスに乗り込んで、午後7時10分にJR和歌山駅に到着。そこから自宅に戻り自分の車に乗って午後7時に父が戻っている実家に到着しました。

今日、ようやく動かないで横たわっている父と会いました。その姿を見た時の感情は描きようありません。言葉はなく顔か歪み涙が溢れるだけでした。

最後の別れに向かう現実の時間が放たれました。