コラム
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2014/7/28
1506    術から道へ

合気道の創始者は植芝盛平氏です。その愛弟子に合気道を習っている人から聞かせてもらった話です。この方が師事したのが植芝氏の愛弟子ですが、とてつもなく強いそうです。そんな人が神様だと思っているのが植芝盛平氏ですが、その師匠が武田惣角氏だと教えてもらいました。武田氏は植芝氏をもってしても「神の領域」と言わせた人物だそうです。合気道は植芝盛平氏が作り上げたものですが、その師匠である武田氏が大東流合気柔術を作り上げています。合気道の原型になっているのか大東流合気柔術だということです。

伝説の人物であっても完成されていない時代があり、生き様や型を指導してくれる師匠がいます。伝説の人物である植芝盛平氏にも神様のような強さを持った武田惣角氏という師匠がいたのです。相手と離れていても相手の考えていることが分かり、負けることがなかったと聞きました。

そして当たり前のことですが、驚くことに武田惣角氏にも越えられない存在の師匠がいたそうです。どんな人にも導いてくれる師匠がいて、その人に師事し技量と精神を高めていたのです。我流でその道の技術を完成させることはできませんし精神も伴いません。優れた師匠を得て、そこから技術と精神力を養うことが求めることを完成させる道となります。

それにしても合気道創始者の植芝盛平氏に超えられないような師匠がいたことを知り、新鮮な感じがしました。植芝盛平氏でさえ、師匠がいて人間力も合気道も完成に導いてもらっていたのからです。

ところで大東流合気柔術というのは合気道の前進ですが、相手を倒すことを目的にした武術です。相手に止めを刺すことを目的にしているので危険なものだったそうです。時代が時代ですから、相手を仕留めなければ自分がやられてしまいます。その時代の武術は術と呼ばれるものが時代の要請でした。

ところが植芝盛平氏は術を道へと進化させます。道とは命を奪い合うものではなくて、人間力を高める人としての道へと発展させたことを意味しています。大東流合気柔術から合気道へと時代の要請によって進化させたのです。それができたのは植芝盛平氏が型を学び取り、そこに時代を読む力が備わっていたからです。人と殺しあうことから人の力を高める力を身に付けることが、時代が植芝盛平氏に語りかけてくれたものだったのです。

組まずして相手を倒すことができる合気道は、当時の優れた武道家をして「求めていたもの」と言わしめたと聞きます。

人は未完成の時代に、師匠を得ることによって人間力と技術を完成の域に高めていきます。

型を持ち自由に操れるようになってから、その型を自分流へと発展させていきます。そこまで高められる人は少ないと思いますが、基本を築き、そこから更に自分を高めていくことが道なのです。

人の道は術を習い身に付けて、そして道へと発展させていくようなものだと思います。最初から目の前に道が開けているものではありません。道を開く前段には基本を身につけるために学ぶという過程があり、長い時間を要して生きていくための術を習得し、そこに精神力を高めた結果、これから進む道へと辿り着くように思います。人間が歩く道は強さだけではなくて心を伴ったものです。自分で歩く道は自分で作りたいものです。