コラム
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2014/2/10
1405    心の強さ

懇親会の中でSさんから、懐かしい評価を聞かせてもらいました。20歳代後半当時の評価です。平成元年当時の本部役員からSさんに、「片桐君はどんな人物だと評価しているのか」と問い合わせがあったたそうです。

それに対してSさんは、「練習をしている時は二流選手だけれども、試合や本番になると一流の力を発揮するタイプの人物です」と答えたのです。この評価をどう理解すれば良いのか分かりませんが、良い意味で評価してくれたようです。それはこの評価を聞いた本部は和歌山からの推薦を受け入れてくれました。そして後日、「和歌山から良い人物を推薦してくれたね」という評価があったからです。

この時期になって20年以上前の話を聞かせてもらいました。今もそんなタイプかどうか分かりませんが、「本番になると光るものがある」と話してくれたことから、Sさんからは今も同様の評価が続いているようです。

良く似た事例として、大相撲では稽古場横綱という言葉があります。稽古をしている時は横綱のように強いのに、本場所になると力を発揮できない力士がいるようです。稽古で強いのに本番で弱いのは心技体のどこかに原因があると思います。恐らく、稽古で強いということは実力があるので、技術と体力は強くて高いレベルにあると思います。稽古場で必要なくて本場所で必要になるものは心です。本番で強さを発揮するためには心の強さ、しなやかさが必要だと思います。

福岡ソフトバンクホークスのエース攝津正投手の新人の時の練習を見た首脳陣は、「使えない」と思ったという話を読んだことがあります。一つ一つのボールに強さを感じなかったことが原因です。ところが試合になると好投を続け、ルーキーの年に新人王を獲得しています。練習は練習なので、習得中のボールを打たれても気にしないで試合で使えるように仕上げていったようです。練習で素晴らしいボールを投げても、試合で使えなければ意味はありません。驚くような速いボールがなくても、試合で勝てる投手を目指しているように思います。

稽古や練習はとても大事な場所です。ここで繰り返して基礎作りと試合に向けた調整を行うからです。でも練習で目立っているだけで、本番で弱ければ何にもなりません。練習は自分がどこまでできるか見極める場所であり、指導者に格好よく見られるために行うものではありません。泥臭くて同じことを繰り返すような地道な作業が練習です。どのコースに投げると打たれるのか、どのボールが通用するのかなどの課題を持って挑むところが練習であり、それを克服して試合に向かうのです。

良い事例を参考にして自分の評価を良いモノにしています。自分に対しての評価は様々ですが、その人がそう思っているのは事実ですから、それを肯定的に受け止めて日常に活かすことが大切なことです。

練習は大事ですが、そこで目立つ必要はありません。どんな状況でも、どんな緊張する場面でも、同じことを繰り返せることが練習で習得すべきことです。緊張する場面であがらないで力を発揮するためには、心の強さが必要です。

本番に強いということは、心の強さを秘めているからだと思います。