コラム
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2013/12/10
1376    陽だまりの彼

南紀医療福祉センターに中学二年生の彼のお見舞いに行きました。平成24年の暮れ、彼は不慮の事故に遭い、幸い命は取り留めましたが脳に障害が生じました。そのため言葉はなくなり、表情も消えました。身体機能も失われ、昨年12月から今日までの一年間、ベッドの生活が続いています。

車椅子に座っている彼と会いました。病院の時と違ったのは、少し顔がふっくらとしていて、顔色が良くなっていたことです。「少し太ったね」と声を掛けると介護の人が「50キロになりました」と笑顔で答えてくれました。中学校2年生の男の子にしては軽い体重ですが、それでもふっくらとした感じがあり、彼が生きて成長していることを実感して嬉しくなりました。

「今日は嬉しいそうだね。暖かくて良い天気だからかな」と声を掛けた時、とびきりの笑顔を見せてくれました。「笑ってくれた」と介護士さんと共に喜びました。表情、つまり感情が失われていたのですが、介護士さんによると、「嬉しいことがあると最近は笑うことがある」ということでした。

声を掛けるともう一度笑顔を見せてくれました。彼の車椅子は南向きの窓に向かい、陽だまりの中にいるようです。陽だまりのこの一箇所が輝いていて、天使がここに存在しているようでした。

このように、今日の彼の笑顔は最高でした。付き添いの人からの「彼は私たちに生きる大切さ、そして大人に何かを伝えるために生まれてきた。決して意味のない生き方をしているのではありません」という言葉と彼の笑顔を共に心に刻みました。誰でも生きていることに意味はある。それは自分が気付かないとしても、きっと誰かの役に立っているからです。

ここに言葉がなくても、お見舞いに来た人に温かさを与えてくれていることは、彼にとっても私達にとっても価値のあることです。

彼のいる部屋の壁には同級生から送られた応援メッセージが貼られていました。「早く戻ってきて下さい」などの、中学生らしい幼い字のメッセージは部屋に温かい空気を発しています。

もうひとつ、驚くような輝く表彰状が飾られていました。彼が所属している中学校のバスケットボール部が平成25年の夏、その市の大会で優勝していたのです。優勝と書かれた表彰状には彼の名前が書かれていました。今もクラブに所属していて、クラブのみんなは彼が部員であり、大会での優勝を報告し、そして早く戻ってきてくれることを信じているようです。輝く理由はここにあったのです。

「お見舞いに来て良かった」。心からそう思いました。中学2年生の彼の人生はこれからです。これから先、どんな治療法が開発されるか分かりません。いつか言葉が蘇えった時、それまでの時間をどう話してくれるのでしょうか。人の心の温かさや人の言葉が励みになったことでしょうか。人が傷ついた人を温かくすることができるのです。

彼の人生がこれからも続き、私達の心を清め続けてくれると信じています。陽だまりの彼は天使の笑顔と心を見せてくれました。

人は人のために生きている。それだけで価値がある。そんなことを感じたお見舞いでした。