コラム
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2013/12/3
1371    作品完成まで

書道家のYさんとの話しの中で興味深いことを聞きました。作品展に出展するための作品作りに取り組んでいるという話から始まりました。素人が書道を思い浮かべると、学校の書道の授業です。私の場合、お手本を見てそれを書き写すことが書道の授業で、書体を真似て書くことがここでの作品でした。

当たり前のことですがプロは模写することが作品ではありません。書の基本となるものは習得していますから、如何にオリジナリティを出せるのかが作品です。一つの作品を仕上げるのには最低3,000枚は必要だという話は以前から聞いていることでした。でも出展作品にもっていくための段階があるのです。一日150枚を書くとして、20日作品として通用する目安の3,000枚となります。書き始めの最初の段階では、作品で訴えたいことのイメージを思いながら書いています。つまりこの段階では文字体と作品の最終的なイメージは確立できていないのです。

書きながら作品の形を構築していく作業が最初の段階の書き方となります。書きながらイメージを具体化させる作業が必要なのです。ですから最初から作品は完成しているものではない訳です。

選択する文字、作品構成などは書きながら形を変えていくのです。150枚、300枚と毎日書いていく中でイメージが具体化していくのです。これは書かなければイメージを具体化することはできないのです。作品を作るためにはイメージを持つことは必要ですが、頭の中では確固たるイメージはありません。書いている内にイメージが形になり、そこからそうではないというイメージ、書き加えたいというイメージ、構成とマッチした書体などが浮かんでくるのです。

干支の馬という書を書く場合、どうイメージするのかで作品は違ってきます。馬に躍動感を持たせるのか。遠くを見つめている馬を描くのか。人馬一体となっている様子を描くのか。走っているところか、休んでいるところか。馬体は栗毛か葦毛か。逞しさかスピード感かなどイメージによって書体や文字の大きさ、作品の描き方は違ってくるのです。

そして書は書きながら自分が思うイメージ近づくことができます。「最初に書いた作品と中盤の作品、そして完成に近づいた作品が全く違う姿になることは多々あります」というように、形は最初から決っているものではないのです。書きながら姿を現すのが書という作品なのです。

そして「苦しいのは最初の段階です。イメージ通りに描けないことから、形を作り上げていく作業が必要となるからです。試行錯誤をする段階での作業が一番苦しいのです。イメージしていることが具体的な書としてある程度固まれば、そこからは書くこと容易になります」という話です。

最初の段階が一番きついのはどんな仕事でも同じです。そこを克服していくのは書の場合は書くことだけ。仕事の場合も同じで数を積み重ねること以外にありません。やり続ける数が増えていくと共に、作業は楽になり、イメージが形になっていくので、後半部分の仕事は早くなって行きます。作品を完成させるためには、同じものを書き続けるだけでは駄目で、発展させて完成形につなげるための量が必要となります。