コラム
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2013/8/19
1309    自信の花

上武大学野球部谷口英規監督の「名将にみるマネジメント術」が日本経済産業新聞(平成25年8月2日)に掲載されていました。主力選手が成長した理由について次のようなコメントを出しています。

「三木が動じずにプレーできるのは、去年日本代表に帯同した自信が大きいと思う。例えばリーグ戦の優勝を目標にするのと、日本一を意識するのではまったく違う。周りから見られているという意識は必要で、上にいる人間はそれをもっている」。

自信はとても大事なもので、それがあると自分が挑む舞台で持てる実力を発揮することができますが、自信がなければ萎縮してしまいます。しかし自信は形のないもので、確かに掴んだと確固たる確信を持つことはできないものです。そんな自信は自分より上のレベルの人の集団に入ることで培われます。最初は挫折を味わい自信を失うことになります。

しかし控えでいると見えてくるものがあります。「あまり変わらないのでは」、「自分だったらこうすると思う」、「控えの人の気持ちを分からなければ上手くいかないと思う」などの気持ちが沸き起こってきます。

若い頃、仕事で自信があったとき、上位機関で仕事をする機会がありました。ところがやる仕事はコピー取りとホッチキスで留める仕事ばかりでした。コピーをして企画会議で修正があると、その部分を手直ししてまたコピーとホッチキス留めの繰り返しばかりでした。

「こんな役割だったら誰でもできるじゃないか。僕がいる必要はない」など偉そうな気持ちをもっていました。しかし気付いたことがあります。企画会議の内容を聞く機会があり、コピーを取る時間で誰よりも早く資料を読むことができるのです。作業をしながら学ぶ時間を与えられているのです。

そして何よりも大きかったのは、そこで一緒にいるということでした。後に最初から大きな舞台で役割を果たすことはできないと気付くのですが、この時は控えの役割をして主役の仕事と発表の機会を間近で見て、「今の自分にはできないけれど、来年、自分が主役になったらもっとできる」と思ったのです。

控えでいる時間、控えで学ぶ時間が花を咲かせるために必要な時間だったのです。そして自分が主役になれる時、次に主役となる控えの人の気持ちが分かり、なるべく役割を与え自信をもたせるように演じられました。控えの時間があることで根を張ることができたのです。その根が自信というものです。根を深くしっかりと張ってから飛び立つこと。それが自分より上の集団に入り、最初に与えられる控えの役割をしっかりと果たすことで得られるものです。

そして「いい待遇を受けたければ、はいあがっていくしかない。あきらめるか、努力するか。人間は2種類しかない」。控えの時期に、「次は自分の出番がある」と思い努力するか、それとも「もう駄目だ」と諦めてしまうか。それによって自分のこの次の時間が変わってしまいます。

「野球に表と裏があるように、物事には両面がある。それをわかってこそ、バランスを保つことができる」。控えの時代に自信という根を張り、表舞台で自信の花を咲かせる経験することが大事なことなのです。