コラム
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2013/4/5
1230    観る人の立場

高校卒業後、演劇を学ぶためにボストンの大学に進み、現在ニューヨークで演劇の仕事をしているのがCさんのお嬢さんです。自分のやりたいことを見つけ、その実現に向かっている姿勢に触れると触発されます。大学ではミュージカルの舞台にも立ち、自己表現の力量もあります。

人前で演じる人になるのは大変なことだと知りました。素人が舞台に立っても誰も見に来てくれません。しかしプロはお客さんを感動させ、喜ばせ、涙を流させるのですから、その力量は素晴らしいものです。しかも超一流のプロが集まるニューヨークで芸術の仕事をしているのですから、最高の自己実現をしていると思います。

演じる立場の人が観る立場になると演じる立場の心境が分かります。日本に戻ってきた時、友人と歌舞伎鑑賞をしたそうです。何でも観慣れていなければ退屈に感じますから、その友人はお休みモードに入りました。Cさんは「舞台の最中に寝たら失礼ですよ。演じている人の立場になって見て下さい」と揺り起こしました。

相手の立場に立てる人が、相手の気持ちを理解している人なのです。演じている舞台からは一人くらい寝ていても気付かないそうですが、一所懸命に演じている人の立場を考えると、とても失礼な行為に該当します。舞台に立つまでに要した時間を想像してみると分かることです。お金をいただいて舞台に立てるようになるまでには、志を抱いてから10年程度は必要だと思います。しかも途中で挫折しないで耐え残ってきた人なのです。そしてその日の舞台のために厳しい練習を続けているのです。舞台に立つ人は人生を賭けて演じています。何かのメッセージが込められていますし、それを受け取るために観劇しているのです。何も感じないから寝てしまうのはメッセージの受け取りを拒否することですから、実にもったいないことです。

そしてもうひとつ。演じていてとても嬉しいのは、お客さんが立ち上がって拍手をしてくれることだそうです。スタンディングオベーションは、最高に嬉しい瞬間だそうです。

立ち上がって祝福してもらえる経験をした人は少ないと思います。人を立ち上がらせるほど感動させることを自分がしなければ相手は拍手を贈ってくれません。どれだけの表現力、人間力、失敗しても立ち上がって挑戦し続ける人生の背景があることでしょうか。社会経験を積んでいる人を感動させられるのは、それ以上の経験と人間力を有していなければ出来ないことです。

立ち上がって拍手をする人も、舞台の感動を共有している人なので幸せに浸っています。

演じる側に立つことは簡単ではありませんが、スタンディングオベーションができる感性と、感動を素直に表現できる姿勢を持ちたいものです。

社会は演じる人とそれを鑑賞する人で構成されています。鑑賞する人は、自分の持っていないものを受け取る機会があるので幸せです。そして演じる人は、自分が大切に感じているものを相手にも伝わるように表現し、受け取ってもらえるような努力をしているのです。受け取る立場の人は、演じる人の人生を受け取る覚悟を持つことによって退屈しないで宝物を受け取ることができます。そして得られた宝物の価値を自分のものに出来たなら、立ち上がり拍手を贈るのです。拍手を贈れる人の魂はその時、成長しているのです。