コラム
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2012/11/27
1150    釜石の奇蹟

東日本大震災の中で釜石の奇蹟と言われている出来事があります。釜石市の釜石小学校の生徒が集団で高台に避難したことを指した呼称です。正確には5名の生徒がお亡くなりになったので、津波からの避難を指導してきた群馬大学大学院片田教授は「釜石の奇蹟」と言われることに心に抵抗があるようですが、それでも子ども達が冷静な状況判断を行い、迅速な行動を起こしたことが多くの命を救った出来事はやはり奇蹟と呼べるものです。

日頃からの訓練と意識付けの大切さが分かる話を伺いました。

片田教授の授業で生徒と次のような問答がありました。

「大きな地震があると津波が襲って来るから自分一人だけで逃げるように」と言います。生徒は「はい」と答えます。でもこれだけでは避難行動につながらないのです。この後に大事な問答が続きます。

「もしその時小学校にいて、お父さんやお母さんと会えないとしても自分一人が先に逃げるんだよ。分かる」。

「どうして僕だけが逃げるの。お父さん、お母さんが心配すると思うし、お父さんとお母さんは大丈夫かな」。

「大丈夫。お父さんとお母さんは自分の命よりも君の命の方が大事なんだよ。自分の命よりも大事な君が逃げなければ、お父さんとお母さんはどこまでも君を助けに来るよ。そうするとみんな逃げおくれてしまうから。津波が発生した時に間違いなく君が真っ先に逃げると信じていたら、お父さんとお母さんは安心して逃げられるから。分かった」。

「僕、逃げるよ」。

この問答は片田教授の話を聞いた内容を自分なりに解釈したものなので、本当の授業での会話とは違いますが、私なりに命の大切さを伝えるために必要な言葉を感じたので書いたものです。

つまり津波から逃げることを促すには、「はい」と言う返事だけでは不十分だということです。両親に会えなくても一人でも逃げなければならないことを伝え、その矛盾を生徒に考えてもらうことが大事なのです。矛盾とは自分の命と同じように人の命も大事なものであるという価値観を、もしかすると否定するような行動を促すことです。

両親がいなくても自分一人が先に逃げることが結果として両親を安心させ助けることになるのですが、その矛盾とも思える行動を考えてもらうことが大事なことです。

自分で考えて結論を出した生徒は、その日その時でも避難行動を起こすことができます。両親は小学生の自分の子どもが、津波発生時には間違いなく逃げると分かっていたら、子どもを信頼して自分たちも職場から、家庭から逃げる行動を起こせます。子どもと両親、家族と学校が信頼関係で結ばれていれば適切な避難行動を起こすことができます。

釜石の奇蹟とは、命を大切にするという信頼関係が起こした結果なのです。それを奇蹟と呼ぶか絆と呼ぶかは別として、人間社会の基本がここにあったのです。自分を律すること、状況判断ができること、人を信じることが命を救う。次に奇蹟を起こすのは私達です。