コラム
コラム
2012/5/14
1035    心に残る言葉を授ける

和歌山市内にある児童養護施設の園長先生と懇談した時のことです。毎年のように施設で暮らしている生徒が卒業し、新しい生徒を迎えています。両親と離れて生活を余儀なくされている子どもや両親と生き別れた子どもが共同生活をしている中、人に言えないご苦労があります。

かつて、やんちゃなある一人の子どもがこの施設で暮らしていました。家庭内で虐待を受けて心に傷を持っている子ども達を、先生は叱ることをためらいます。家庭内暴力を受けた子どもは大人に対して不信感を抱いていることや、家族に虐待を受けた上、受け入れ先である施設でも叱られると、心の傷は更に深まるからです。

叱られないで育つ子どもはわがままになっていきます。施設や学校の環境に慣れるまで、場合によって、先生は子ども達を叱らずにいる場合があるのです。

洗面や手洗いの時、その子どもは水道の蛇口を全開にして、水を流しっ放しにする癖がありました。暫く注意をしないで先生方は様子を伺っていました。

そんなある日、近所のKさんがこの光景を見ました。そりまでも何度も見ていたのですが、全く直らないのでとうとう、「水道の水はお金だと思いなさい。流しっ放しにすることはお金を捨てているようなものだ」と注意をしたのです。余程怖かったのか、注意されたことが良かったのか、その子どもは水道の水を流しっぱなしにすることを止めました。

年月は流れて、その子どもは高校を卒業して施設を出ることになりました。そこから年月は流れ結婚し、子どもも授かりました。大人になったその子どもは久し振りに育ったこの施設を訪ねました。

当時の先生に会った彼は、先生に感謝して言いました。「あの時、近所のKさんが叱ってくれた言葉が長い年月を経て咄嗟に出てきました。自分の子どもが水道の水を流しっ放しにしていた時、水はお金だと思いなさい。水を流しっ放しにすることはお金を捨てているようなものだ。と子どもに対して注意をしている自分がいました。あれっ懐かしい台詞だなと思いました。あの時、近所のおばさんのKさんが叱ってくれた言葉が自然に蘇えったのです。懐かしくて、そして叱ってくれたことを嬉しく思い出しました」。

子どもの時に注意された台詞は、大人になっても潜在意識の中で生き続けていたのです。

彼はそれ以降、水を初めとする資源を大切にするように生活態度を改めたのです。その精神が自分の子どもにも、これから受け継がれていくのです。

ここに大切なことがあります。子どもに対して大人になった時も心に残る言葉を授けることが大切なことなのです。園長先生はミーティングの席で先生方に対して「子どもの心に残る言葉をプレゼントしよう」と伝えました。

かつて子どもだった大人が懐かしい施設を訪れて、成長していく中で大切にしていた言葉を園長先生に伝えてくれました。それは近所のおばさんの子どもを思う気持ちから発した言葉でした。言葉が人を変え、人を成長させるのです。いつまでも教訓として残る言葉を数多く持ちたいものですし、子どもには心に残る言葉のプレゼントをしたいものです。