コラム
コラム
2012/4/17
1019    実名は幸せを呼ぶ

最近気づいた法則があります。顔が見える相手に対しては褒めることが多く、顔の見えない相手に対しては批判も多くなることです。

フェイスブックをしていて気持ちが良いのは批判が少なく、友だちの日常の中の小さな幸せを共有できるからです。そして友だちに対して「いいね」を呟くのは、小さな幸せを感じさせてもらっていることへのお礼の気持ちが込められているからです。

フェイスブックは基本的には、自分の前で起きている出来事の中で幸せに思ったことを掲載します。どうしても前向きな感想が寄せられますし、書き込んだ人はそれによって、もっと幸せな出来事を探そう、実行しようと思います。読んだ人も友たちの幸せを感じるので、今度は自分の幸せを発信しようと行動します。行動した結果の幸せな出来事を、今度は書き込む側に回って掲載するのです。このような実名と顔が見える関係においては、褒めることが多くなり、幸せな出来事が多くなるのです。フェイスブックを見ていると、日常の些細な出来事が幸せであることを感じさせてくれます。こんな幸せなら自分のところにもあると感じられたら、今までは何も思わなかったそれと同じような出来事を幸せと感じられるのです。

それに対して匿名で掲載できる掲示板には批判や中傷が渦巻いています。それを読むと気分は良くありませんし、その成果にのめり込むと、自分も同じように誰かを批判したり、中傷する側になる危険性を感じます。自分の名前や顔が知れないのとすれば、批判しようと思い悪魔の気持ちが芽生えることもあるのです。

現実の世界でもあることです。仕事柄、誰かに対する批判や不満を聞くことがありますが、双方の意見を聞かなければ正確なところは分かりません。そしてその批判や不満を解決するために「名前を出していいですか」と尋ねると、大抵の場合「名前出されては困ります」という答えが返ってきます。自分の立場が不利にならないようにと思うからです。

これは自分の立場を守りながら自分の立場を有利にするために、誰かにに立ってもらって問題解決しようとする行為です。自分で直接批判や不満は言えないけれど、誰かに言ってもらおうとしているのです。この場合、もし問題が拗れたら、今度は解決のために間に入った私が標的になるのです。人を批判する人は、自分の言い分が通らなければ誰でも批判の対象にします。しかも直接ではなく隠れての発言になりますから、正義とは言えません。

ですから幸せを増やすためには、お互いが顔の見える関係になり相手の行動を支持し、その行動によって自分も幸せな気持ちになることです。自分の名前を出して意見を述べること、名前を出して意見を掲示板に載せることが幸せを増やす行動となります。友だちに自分の行動を伝えようと思うと共感してくれるような出来事を伝えたいと思いますし、共感してくれる行動を取るようになります。

誰かに自分の行動を、名前を出して伝えようとすることで、自分もそれを知った誰かも幸せになれるのです。匿名ではなく実名で行動すること、発言することで幸せになれます。