和歌山ロイヤルパインズホテルにおいて、昨年に引き続いてフラメンコの夕べが開催されました。森久美子先生と舞踊団の皆さんによる素敵なフラメンコを楽しむことができました。今回のテーマは「海へ」で、舞踊で海底へと誘ってくれました。昨年は「月に舞う」でかぐや姫の世界から竜宮城の世界へと舞台は変わりましたが、フラメンコによる舞台表現は変わらず、森久美子フラメンコ舞踊団が日本の伝統文化をフラメンコで表現できる力量を持っていると感じました。
フラメンコの表現力は歓びや苦悩など多岐に及んでいますが、今日もその歓びと苦悩が見事に表現されていました。夢の世界を訪れた歓びの舞いは華やかで、このままの世界が続くようでした。幸せは夢か幻かではなくて今の瞬間に感じるものであり、やがて覚めると分かっていても、やはり夢を見なければ生きる意義は削減されてしまいます。
しかしいつか夢の世界から現実の世界へと戻される時が訪れます。夢から覚めた男性は現実世界に戻った瞬間の苦悩を表現してくれました。時間にして約20分だと思いますが、苦悩に満ちた表情と身体を使った表現から生きることは苦しいものであるけれど、そこから自分が見た夢を目指すことが生きることだと教えてくれたように感じます。
華やかな舞いは夢の世界、苦悩の踊りは現実世界だと思いますが、夢も現実も私達の人生に存在しています。存在しているのですから幻ではなくて、夢はこれから現実にすべきものです。現実にならない夢を見ることはないのです。
夢の世界で一緒に舞ったことは、現実の中でも舞えることだと思うのです。海の中は遥かなる大昔に生命が誕生した場所です。海の物語は生命を感じさせてくれるものが多く、生命が誕生した頃の記憶を蘇えらせてくれているようでした。つまり生命を誕生させた神の意思は、夢の世界の実現を海から生まれた生命体に託したことにあります。やがて原始的な生命は海から陸へと上陸し、生命を価値のあるものに発展させた人類へと受け継がれます。生命が誕生した海の世界、つまり夢の世界を現実世界に実現させる使命を帯びているのが人間ですから、神の意思によって世界を築いた人間が、この現実の世界を夢の世界のエネルギーを吹き込むことが求められていることです。
神が描いた夢の世界の実現を担えるのは人間だけです。その過程において苦悩や葛藤があるのは当然のことです。現実に無いものを世界に存在させようとするのですから。でも現在はここに存在していない価値を普遍的にさせるのが夢の力であり、それは夢を見ている人だけが達成できるものなのです。今日のタイトルは浦島太郎かどうか分かりませんが、人間が作り出した現実社会に慣れてしまった人間を、生命の誕生した遠い記憶の場所である海へと導き、人間に夢見る能力を取り戻させます。夢の力を宿した人間は現実世界へと戻り、その差を解消する使を帯びたことに悩むのです。物語はここで終わりますが、しかし主人公は必ず行動に移すはずです。夢を見た人間が夢を諦めることはないからです。
一人で達成できない夢は仲間と達成することをタイやヒラメから学びました。それでも達成できないなら世代を超えて夢を申し送ることを知りました。夢は一人で見るものではないからです。
夢から覚めてもまた夢を見る。だから人生は楽しいのです。海をテーマにしてフラメンコを鑑賞して、一人勝手にこの舞台の意味を想像し夢見ました。
夢の世界から現実の世界へと戻り、パソコンに向かっています。森久美子先生、森久美子フラメンコ舞踊団の皆さんに感謝しています。
素敵に言葉をいただきました。人生に必要なものは愛と努力、感謝と謙虚の四つの言葉と実践です。四つの言葉を聞いて聞き取れない言葉があるとすれば、その気持ちが足りないのです。努力が抜け落ちたら努力が足りないことですし、感謝が抜け落ちたら感謝の気持ちが足りないので、その気持ちを持ちましょうということになります。
もうひとつの言葉です。「春風接人(しゅんぷうせつじん)」という言葉です。春風のように人と接することが大事ですよ、という意味です。いつも春風のように人と接することができたら、絶対に幸せが風に乗って舞い込みます。北風にならないように春風のようにいたいものです。