経済警察委員会二日目は香川県に移動して高松市にある丸亀町商店街を訪問しました。結論から言います。再生を図った素晴らしい商店街であり、それは地元の皆さんの熱意と行動力の賜物だったことが分かりました。とても参考になる成功事例です。
丸亀町商店街振興組合の古川理事長から話を伺いましたが、何ともいえない高揚感がありました。それは本物に触れるときの高揚感です。実に素晴らしい話を聞かせてもらい熱意に触れさせてもらいました。
さて丸亀町商店街は1588年に誕生していて約500年の歴史がある商店街です。中心地にある商店街はバブル期以降衰退の一途を辿ります。そしてこの物語はそこから再生した成功事例です。
バブル期を終えた後、丸亀町商店街にいる筈だった1,000人の居住者が75人に減少していました。日本一の商店街から人が消えていたのです。大阪の天神橋筋商店街は2.6kmですが、丸亀町商店街は2.7kmある日本一の商店街なのです。
衰退の原因はバブル崩壊と瀬戸大橋の開通にあります。瀬戸大橋は外部資本を高松市内に入れる役割を果たしました。広島県と三重県の大手資本が高松市に入り込み、郊外型の大型店舗を営業し始めたのです。車社会ですから品揃えのある大型店にお客さんが行くのは仕方ありません。当初は商店街の皆さんは、大型店を認める行政が悪い、駐車場がないのに行政は何の支援もしてくれないなど不満を言うばかりでした。責任転嫁をして自分たちは悪くないという姿勢では商店街は衰退するばかりだということに気付きました。それは前理事長の「10年で丸亀町商店街は潰れる」という一言でした。若手経営者達は、当初、潰れることは無いだろうと思って全国の商店街の視察に出かけました。そこでシャッター通りの現状を見て危機感を抱き「10年持たないかも知れない」と思い行動を開始しました。
お客さんは大型店を支持しているのは品揃えが良いからです。地元商店街に買いたいと思える商品が揃っていなかったことが本当の衰退の原因なのです。商店主たちの経営姿勢に問題があったのです。お客さんが悪いと思っているようでは、決して再生はできません。
そこでイベントもしましたが、結論から言うとイベントで商店街は再生できません。本質的には全く効果はないのです。一時的に通行利用が増え賑わいますが、その時だけの効果ですから、イベントを仕掛けるだけでは永続的なものにはなりません。
そして再生に必要ものに行き着きました。一つは土地問題、もうひとつは定住対策です。
土地所有者が商店主である場合が殆どですが、土地所有者が経営者の能力があるとは限らないのです。しかし土地所有者が古い形態の店舗経営をしている限り、店舗も商店街としても再生は難しいのです。そこで土地所有者と経営者を分離することにしました。商店振興組合がまちづくり株式会社を設立し、土地所有者から60年間土地を借り上げることにしたのです。つまり土地所有者が経営するのではなくて、意欲ある経営者を内外部に求めたのです。
資金ですがまちづくり株式会社の資本金は出資が1億円、行政の出資が500万円です。地元の皆さんが資金を出し合って設立したのです。そして建物の建設はまちづくり株式会社が行うのですが、総事業費は70億円でした。国土交通省と経済産業省などから補助金を入れてもらう交渉を行うことになります。
結果として計画から事業開始まで16年を要しました。その内訳は、地権者との賃貸借契約の折衝に4年間、行政との交渉が12年間でした。地権者をまとめることよりも行政との協議、法律の壁を打ち破ることに時間を要したのです。如何に前例のないことを実行することが難しいかが分かります。12年間も交渉を継続した粘り強さと諦めない気持ちが成功要因です。
ひとつの例として建物を連結する空中の廊下を設置することに法律の壁があり、中々設置許可がでなかつたのです。わずか8mのブリッジに3年という時間を要したのです。それは下の道路は市道だったことから、市道の上空に民間がブリッジを架けることは法律ではできないのです。その困難を実現させたのは、商店街の実行力と市役所の懐が深かったことが要因です。市役所も最後は協力してくれるようになり、官民一体となった取り組みにしたことが再生のための大きな原動力になりました。
余談ですが市役所が協力姿勢に変化したのは、市長が変わってからです。中心地再生に理解のある市長が誕生したことで再生計画は大きく進展することになったのです。法律を運用するのは人であり、人によってまちづくりとまちの姿は大きく変わるのです。
再生計画から実現まで16年要しましたが、最初から官民協調ができていれば4年で実現させていたと説明してくれましたが、関わる人によってそれだけ違いがあるのです。
居住に関しては商店街の中にマンションを建設することにしました。400戸のマンションに1,500人の人に居住してもらえる計画を実現させています。居住者を増やすことは商店街再生のために不可欠な条件です。住む人が増えると日常生活の拠点として商店街に向かいます。そのため住宅整備と同時にテナントミックスの考え方を取り入れています。商店街に無い業態の店舗を入れることをまちづくり株式会社は行っています。鮮魚店がなければ鮮魚店をテナントに入ってもらう交渉を行います。化粧品店がなければ化粧品店に入ってもらいます。そんな取り組みを行っているのです。そして医療機関もここに入ってもらいました。マンションに暮らす高齢者にとつて医療機関があることは心強いものがあります。マンションの一階に医療機関があると診てもらって、または手術を行っても入院期間は最低限で済みます。退院後は上の階の自分のマンションに行けば良いので不安はありません。
医療の安心も商店街に付加させているのです。ここで暮らせば車は不必要な地域に仕上げようとしています。
最後に商店街再生の要因を説明してくれました。
ひとつはやる気ではなくて本気になること。もうひとつがコミュニティを大切にすることです。コミュニティを大切にするということは人間関係を築くことです。商店街再生は全組合員一致を原則としました。これは商店街の中に一人の反対者も存在しなかったことを意味しています。当初から一人でも反対者がいれば計画は止まることを前提にして、理事者側はやり遂げる姿勢を示した活動していたのです。
合意形成とは嫌がる人を無理やり合意させることではありません。収支計画を示し一緒にやることを理解してもらうことが合意形成なのです。そんな合意形成を目指し再生を成し遂げたのです。再生前と後の売上高は三倍に増加しています。
最後に商店街に絶対必要なものがあります。トイレとパブリックスペースです。トイレが商店街になければ人は訪れません。そして人が集まれる場所がなければ楽しくありません。ヨーロッパの街には道路の交差点辺りにはパブリックな場所があり、人々が集っています。そんなイメージの交流拠点も商店街には必要だということを付け加えてくれした。