「名月に舞う」。森久美子フラメンコ舞踊団による舞台がありました。森久美子フラメンコ舞踊団は和のフラメンコを舞えることができます。これは他にはない、日本人の心の琴線に触れてくれる舞いなのです。かぐや姫が月に帰る情景と心情を舞台で表現してくれました。和のフラメンコは炎の道成寺を代表とする作品がありますが、また一つ、ここに新たな作品が加わりました。
月の化身である女性達が月のお姫様であるかぐや姫を迎えに来る様子をフラメンコで表現することは想像できませんでしたが、感情を、内に秘めた想いで表現し、またこれまでの人との別れを内に秘めた激しい踊りで表現してくれました。炎のように決して激しくはありませんが、青い炎のように静かに月まで舞い上がりました。
フラメンコギターと共に情景を演出してくれたのが琵琶の演奏です。筑前琵琶奏者の川村旭芳さんが兵庫県から来てくれました。フラメンコに琵琶の演奏を合わせたのは初めてのことだと話を伺いました。激しいフラメンコギターが、親しい人に別れを告げて月に帰ることの葛藤を表現してくれたとしたら、琵琶の演奏は生まれながらの定めに従って月に帰ることを静かに決意した内面を表現してくれました。
穏やかなストーリーの中に起伏を感じられたのは、このフラメンコギターと琵琶の演奏が見事に合わさったからです。音楽は私達の想像力を呼び覚ましてくれる役割があります。
そして練習を重ねて今日の舞台を迎えた、森久美子フラメンコ舞踊団の皆さんにもお疲れ様の一言を贈ります。難しい繊細な表現を指先で、身体全体のしなりで表現してくれました。衣装もそれに合わせた感じがあります。最初に登場した赤と黒い衣装は、月の光と月の影の部分を表していたと思います。赤は月の世界で待っている使命であり、黒は再び地球に戻れない悲しみを伝えています。最初に赤の使者が来たのは、かぐや姫が月でやるべき使命があることを伝え、黒の使者はかくや姫の覚悟を求めたと思います。
やがて衣装は明るい色に変化していきます。白や青の明るい色は、覚悟を決めたかぐや姫が自分の住むべき世界での使命を心に刻み、月の世界を平和にすることが育ててもらった地球を平和にすることに気づいたような気がします。赤と黒は比較的暗い色彩で、白と青は明るい色彩だったことが、それを表しているようです。
言葉がなく踊りとフラメンコギター、そして琵琶の演奏だけで心の揺れと覚悟を見事に表現してくれました。練習は踊りだけではなくて、同じ心を表現するための話し合いがあったと思います。
そして今回はジュニア舞踊団が登場してくれました。小さな子どもさん達の舞踊は見たことがありますが、本格的な舞台でのデビューは今日が最初ではないかと思います。お客さんを前にしても堂々として踊りを披露してくれました。人前で踊ることは簡単なことではありません。素晴らしい表現力で私達を魅了させてくれました。
そしてフラメンコ舞踊団の皆さんにはいつも感心しています。森先生の企画に賛同して激しい練習を重ねて舞台を迎えています。和のフラメンコの表現は大変難しいと感じますが、観客の想像力をかき立てる力量が備わっています。フラメンコの練習場所の感じから、今日までの練習の激しさが分かっているので、自分の舞台が成功したかのような気持ちになりました。踊るだけでも大変なことですし、お互いの呼吸と踊りを合わせるのも大変なことです。そしてお客さんとの一体感を醸成するのも大変なことです。
これらが重なり合って「名月に舞う」が完成したと思います。秋の日の夜、一夜限りの名月に堪能しました。ライブはその時限りなので美しいのです。森久美子先生の新しい挑戦とフラメンコ舞踊団の力量に拍手を贈ります。終演後の皆さんの表情から、この舞台が素晴らしいものであったことが分かります。ありがとうございました。