本当に暑い一日。和歌山市内では気温35度を超える日となりました。屋外にいると首の後ろ辺りが熱を持ち、目眩がするような気になります。普段クーラーは使用しないように暑さには強いのですが、今日の後半は暑さを感じました。じっとしていても汗が流れ落ちたように、今年の夏一番の暑さでした。
明日からはお盆の休日、電力需要も含めて少しお休みできそうです。
今年の夏に初盆を迎えられる方がいます。志半ばで生命を絶たれた方への供養に行ってきました。
Tさん。この家に来ると特別の思いがあります。初盆ではありませんが、毎年、お参りさせてもらっています。写真は変わっていませんが、こちらの世界では時間が経過しています。お別れしてから数年が経過していますから、随分年齢が離れてきました。いつもきれいに保たれた仏壇と、その日の朝刊がいつ行っても備えられています。毎日、新聞を読んでこの世のことを思ってくれているようです。奥さんからは「もしTが生きていたら、今年の夏の原子力の停止について意見を言っていたでしょうね」と話してくれました。何が正義なのか、何が正しい方法なのか分からないのが現実社会です。正解のない旅を続けている世の中において、マスコミ報道に左右されない自分の意見を持っていることが生きていく上で大切なことです。
正しく知るには、マスコミと比較して私達は圧倒的に直接的な、そして川上サイドの情報量が少ないのです。早く正確に知ることで正しい判断ができるのですが、それができないので自分の意見なのにマスコミ報道に影響を受けるのです。
ところが自分が得意な分野に関しては、マスコミ報道と情報と知識の比較が可能です。比較して正しい論点は採り入れるとして、そうでない意見は正しい意見に置き換える作を頭の中で行いたいものです。そうすることによって自分の意見が補強されますし、足りない部分は修正できます。
Tさんがいたら、わが国において経済を止めることはやめるべきだという意見が出されたと思います。毎年電力不足が繰り返されることになるような政策は、極めて現実的ではないからです。Tさんの自宅に行くと後ろから「頑張れ」と押されるような気持ちになります。奥さんから、Tさんは生前、「バレーボールで遊んでいる間に片桐君は勉強をしていたから差がついた」と言っていたことを教えてくれました。正しくはバレーボールで遊んでいたのではなくて、バレーボールチームのコーチをしていたのですが、仕事を終えてのコーチは素晴らしい活動でした。練習中にバレーボールが揺れるように見え始めたことから、眼底に癌細胞が発見されるのですから、神様がそれに気づかせてくれたのです。
闘病の末、亡くなるのですが、奥さんと過ごす貴重な時間が存在していました。それは今も続いていますが、節電で照明とクーラーを絞っている中、少し寂しい感じがするお盆でした。明日、子どもが名古屋から帰ってくる予定だと聞きました。親子の対面のドラマが展開されそうです。
Mさんは初盆を迎え訪問したところ、子どもであるご夫婦は歓迎してくれました。ここでは和歌山県の課題について話を聞いてくれました。Mさんの自宅では定期的に県政報告会を続けていましたが、統一地方選があったため現在は中断しています。9月から再開して欲しいと要望をいただいたので、来月から復活することにしました。昨年までは毎月一回行っていたので、参加される皆さんからは「県政に関心を持つようになった」、「政治が身近になった」と意見がありました。「最近、聞いていないので県政に疎くなりました」と笑って話してくれたように、皆さん楽しみに待ってくれているようです。この機会を大切にしたいと考えています。
来月開催されるフラメンコの夕べ、そして年二回発行している和歌山フラメンコ協会会報について協議しました。夏真っ只中ですが、練習はもう芸術の秋に向かっています。夏の暑い時期の練習は大変だと思いますが、苦しい練習を耐えて芸術の秋を迎えられるのです。そう言えば高校野球甲子園大会で敗れたチームは、甲子園大会が開会中なのに新チームを結成して秋の新人戦に向けて練習を開始しています。
何事もことを成すためには練習に耐えることです。練習に耐えた人だけが夢の舞台に立つことが出来るのです。厳しい夏を耐えて秋に大輪の花を咲かせて下さい。そのことを期待しています。