東京にて、風洞発電の発明者である佐藤先生と打合せを行いました。先生は久留米市で風洞発電の実証用設備の建設を計画しています。現時点では平成23年12月に完成する予定だと聞きましたが、今から各国からオファーが来ている状況です。この発電方式は世界のエネルギーと環境問題を解決する技術のひとつで、日本政府は元より先進諸国からも問い合わせが来ています。既存の新エネルギーには利点もありますが短所もあります。その短所を補えるだけの技術だと各国の技術者から評価されているようです。
ただしこの発明はわが国のものですから、第一号は日本国内で完成させた後、世界に向けて技術を発信することになっています。ここに日本人の技術者の誇りが感じられました。
佐藤先生と連携させてもらい、これからの地球環境問題解決に向けて取り組みをさせていただく予定です。
都道府県議会議員研究交流会に参加してきました。これは全国の都道府県議会議員が集まり、議会改革に関しての研究と意見交換を行う会合です。議会改革の必要性は議論されて久しいのですが、具体的成果を出している府県は少ないのが現状です。三重県議会議長の話を伺うと、三重県は議会改革が最も進んでいる府県の一つだということが分りました。その背景には改革派知事の北川三重県知事の存在があります。当時の北川知事が三重県を改革していったため、議会が保守的なままではついていけなくなったこと、県民から議会の存在意義を問われたことにあります。改革は議会がするものですが、火をつけたのは県民の皆さんの力です。
さて研究では基調講演として、時事通信社解説委員の田崎史郎氏から「日本の政治はよくなるか〜ねじれ国会の課題と展望」がありました。現在のねじれ国会で政権与党がこの先運営できるのかどうかの話を伺いました。
結論から言うと、管政権への期待はなく来年春には行き詰るというものでした。民主党が管代表を選んだのは、管代表が支持されたのではなくて小沢さんには代表をやってもらいたくないという意思が働いたためだそうです。つまり小沢さんは政治とお金の問題があり総理は無理であることと、総理大臣を自分達の都合で変えることは評価されないという思いが管代表につながったのです。積極的支持でなかったことが民主党の悲劇なのです。
今回の支持率下落の深刻なところは、民主党にこの国を任せて大丈夫だろうかという不安を持ち始めていることにあります。自民党政権時代のように総理大臣の資質に欠けている人が総理大臣の任にある場合は交代することで支持を得られたのですが、現在の民主党は国を守ってくれないと思われているので、政党への不信感が高まっています。管総理の資質にも疑問が持たれていますが、仮に管総理が総辞職して次の民主党代表が選ばれて総理大臣になったとしても支持は得られないということです。
つまり管総理は政権が行き詰った場合に総辞職の道はなく、解散総選挙に打って出る方法以外にないのです。現在の状況で総選挙に入ると民主党政権が支持されるかどうかは分りません。政党としての危機があるというものです。
ただ民主党がダメなので自民党に戻って欲しいという指示もないので、政局は混沌としたものになりそうです。
政権与党に必要なものは物事を実現して行く能力ですが、それに欠けているのです。実現力とは理想を語るのではなくて、理想を語り行動して実現を図ることまでの課程を言います。実現力に欠ける政権は能力がないと評価されても仕方ないことです。そしてその実現力とは強権力ではなくて、調整能力が必要だということです。事前の話し合いと根回し、例えば懇親会の開催でもそうですが、調整能力とは人間関係と信頼関係に尽きます。調整が不調に終わると物事は前向いて進みませんから、実現力はないことになります。
結論として理想を語ることは誰にでもできます。しかし理想を実現させるためには実行力が必要であり、その実行力とは調整能力が求められるのです。調整能力とは信頼力によるもので、信頼のない人、またはその集団が政権をとっても理想を実現できないのです。
国政でも地方でも、そして企業間の契約においても根本は個人の信頼にあります。立場や肩書きではないのです。民主党は野党第一等である自民党から信頼されていないので、議会運営が上手く行っていないのです。信頼のない人や組織が物事を前に進めようとしても、前に進むことはありません。
ところで信頼とは、「この人が言ってきたら仕方ない」と思ってくれる人がたくさんいることです。そう思われるのと、「この人が言ってきても聞く必要がない」と思われるのでは、結果は全く違ったものになります。信頼できる人からの依頼であれば前向きに進みますが、信頼のない人からの依頼だった場合は、後ろ向きに進むことになります。結果として、「できた」と「できなかった」の違いとなって現れます。 さて、そんな状態が続いていることと、外交や防衛に関して有権者から不安視され始めたことから、政権与党の立場は微妙になっています。確かに、和歌山県内においても「この国を任せて大丈夫だろうか」という意見を聞いています。この感覚は全国に広がり波及しているものなのです。沸点を超えると流れは一気に加速しますから、国の行方は分らない状態です。
ところで、議会改革を行政改革と勘違いしている議員がいることの指摘がありました。議会改革を公約として、議員定数削減や議員報酬の引き下げを謳っている議員が存在しています。しかしこれら議員定数削減などの問題は単に行政改革に過ぎないのです。要は経費削減ですから、議会改革とはなりません。議会改革とは、議会のあり方を変えることです。有権者に見える議会に変化させることや、議会からの情報発信と情報公開などを実現させることを議会改革といいます。議員が意識と行動を変えることによって、有権者に議会が信頼されるようになること。それが議会改革なのです。その意味を知らない議員は次回統一地方選挙で退場してもらったらと良いということでした。厳しい時代において、今から勉強しますという甘い考えの議員は不要です。